「マジかよ」

 パソコンの画面を見て呻く。

 次のターゲットが決まった。

 今回のターゲットは人ではない。企業だ。

 ターゲットは、グラシアス・ヒル・コーポレーション――岡莉奈の祖父が創業した大企業だ。

 創業当初は小規模な卸売業だったそうだが、様々な業界へと手を出してはことごとく成功を収め、どこの世界でも一目置かれる存在となった。

 証券やM&Aのノウハウも持っており、通常であれば考えられないスピードでその規模を増していった。法整備がなされる前にグレーな裏技を使いまくったからだ。過程はどうあれ、現在では世界で名を轟かせる大企業になっているという。

 マジか。ラスボスが来た感がある。

 ツッコミどころは色々とある。まずはこんな大企業に喧嘩を売ったら俺らは本当に無事で済むのかどうか。そして、創業者の孫は岡莉奈だ。言い換えれば、今回の作戦に参加することは、彼女へ弓を引くことにもなる。

 仮にシャドウのような末路を企業が辿ったとして、岡さんは学校にいられるだろうか。いや、それどころじゃなくなるだろう。おそろく世界中からボコボコに叩かれて精神を病んだ状態で姿を消すことになるだろう。

 そんなことが出来るかと訊かれたら、出来ない。もう俺は彼女に惚れ込んでいる。情も入っているし、友達以上恋人未満の関係にヒビを入れたいとは思わない。

 岡莉奈に弓を引く? そんなこと、出来るわけないだろう。

 事情を説明すれば煉獄のスケキヨも分かってくれるかもしれない。あいつに親友がいるとはとても思えないが、誰だって友達を攻撃したいとは思わないだろう。

 文面を吟味しながら、彼に届くような文章を考える。

 色々と考えるが、どんな文章が奴に響くのかも未知数だ。ああでもないこうでもないと考えた末に、創業者の孫娘が好きなことを正直に書くことにした。

 新たな弱みを煉獄のスケキヨに提供するだけのような気がしないでもないが、そうでもしないと切実さが伝わらないだろうと判断した。

 令和の時代に悲劇の恋なんて流行らない。そんなことは書かないが、血の通っている人間であれば恋人を破滅させようなどとは思わないだろう。

 もはや俺の願望に近い希望的観測を文章にしたためて送る。前回似たようなことを書いた時、結構な怖い返信が来たのはもちろん憶えている。だけど、だからといって岡さんを破滅させたいとは思わない。

 変身はすぐに来た。ビビりながらメールを開封する。

Re:お願い

 バカですか?

 前に送った忠告をもう忘れたのですか?

 作家のくせに鳥並みの記憶力しかないのですね。

 あなたの都合など、こちらは知りません。我々は一つの目標に向かい、それを達成するだけです。その結果、くだんの孫娘がどうなろうと私の知ったところではありません。

 これ以上くだらないメールを送らないで下さい。次にこちらの業務を妨害した場合、あなたはシャドウを葬った首謀者として有名になります。

 このメールを暴露したところで、誰もあなたの声に耳を貸さないでしょう。

 次はありません。

 ――メールはそれで終わっていた。

 こえー。怖すぎるやん。なにそれ? 俺がシャドウの大炎上を操っていた黒幕にされちゃうの?

 そんなの出来るのかよと思ったけど、今までの実績を考えるとあながちハッタリでもない気がする。あんなにヤバい奴を敵に回せばガチで人生が終わりかねない。冗談じゃない。

 クソ、こんな状況でもやるしかないのか。でも、あんな大企業がターゲットになった理由っていうのは何なんだ? そりゃあ大企業っていうのは知らないところで怨みもたくさん買っているだろうが。

 攻撃を仕掛けるのは来週だそうだ。そこまでにスケキヨの用意した特大の爆弾がいくつも出てくるそうだ。ゲスい興味も湧いてくるが、その反面で本当に知ったら消されるようなネタがぶっこまれるのではないかと戦々恐々としている。

 何度も葛藤する。岡さんは大丈夫だろうか?

 祖父の会社がダメになったとして、彼女の人生が終わらない程度のダメージに留めることが出来るのだろうか?

 グラシアス・ヒル・コーポレーションのホームページをチェックする。役員情報も載っていた。役員の中に岡さんの父親らしき名前を見つける。一人だけ岡という苗字。これが彼女の父親の名前だろう。

 ああ、終わったかも。会社がダメになった時、役員が損害賠償責任を負う場合もあるというのは聞いたことがある。俺の親はそれで役員を断ったという話だった。

 煉獄のスケキヨが用意している爆弾が何かは知らないが、表沙汰になれば会社そのものが終わる可能性のあるネタである可能性が高い。そうなれば役員も責任を免れないだろう。そうなれば、岡莉奈はこの学校を去る結末が待っているかもしれない。

 嫌だ。そんな結末を迎えるのは嫌だ。

 どうにかならないのか。どうにかしたいが、相手が悪すぎる。怒りのメールにも「次はありません」と明記してあった。これで下手に何かを具申すれば、俺が魔女に選ばれることとなる。

 何人もの有名人を複数破滅させ、自身の小説を書籍化へと結びつけた極悪ワナビ――そんな触れ込みが脳裏をよぎる。俺は自殺するタイプではないと信じたいけど、シャドウのファンからガチで殺される気がする。

 嫌だ。これからどうやって生きていけばいいんだ。

 だが、いつまで経っても解決策は見つからず、俺はこの日、眠れぬ夜を過ごすこととなった。