作戦決行の日。また匿名プラットフォームのマジックミラーに爆弾が投下される。サイトの創設者も、まさかこんな形で自分のプラットフォームが利用されるとは思わなかっただろう。

 作戦開始にあたり、色々と細かい準備をする。

 前回前々回と放火するアカウントが同じだったせいか、シャドウを断罪するにあたって新規のアカウントを大量に作っていた。あまり同じアカウントを使って放火をしていると、どこから足がつくかも分からない。ネットで動くには慎重過ぎるぐらいでちょうどいい。

 それ自体は単純な作業だが、地味に同じことをやり続けないといけないので大変だった。繰り返し耐性のない奴はここで離脱するのではないか。だが、それでも手を抜いて足がつくリスクを考えると準備を怠らない方が望ましいのは言うまでもない。

 しかしあの有名人のシャドウをどうやって消すつもりなんだろう。ホッキョクグマに闘いを挑む格闘家を遠くから眺めているような、現実感のない話だった。俺が部外者ならアホがいると思うだろう。

 ネタが届く。内容を確認した。

 ……たしかにこれが出回れば――シャドウは完全に終わる。

 内容はJKとの淫行だった。制服を着たJKを家に呼んで「ことに及んだ」映像の一部始終が映像に収められている。JKはデリヘルの学生服を着た大人ではなく、ガッツリ未成年だった。氏名だけでなく学校のデータも入っている。

 ネタはただの淫行だけではない。

 シャドウは自身の配信でアイドルのプロデュースをする企画を進めていた。ここまでは世間でも広く知られている。

 メンバーの選定は建前上オーディションで行われる。だが、実際にはシャドウが自分の目で選んで独断的に選定する方法で、はじめからオーディションの存在はアイドルグループを認知させるための宣伝でしかない。

 それでもシャドウが自分でプロデュースするアイドルを選んだのであれば結果丸見えのオーディションでもギリギリ成立はするのだろうが、ここに奴のアキレス腱がある。

 シャドウはオーディション参加者のJKを物色して、好みの娘に片っ端から手を付けていた。JKの方もシャドウに見初められて箔が付くと思ったのか、それとも純粋にオーディションに勝つためなのか、自らその体を捧げていった。

 シャドウの誘いを拒めば、どれだけオーディションで活躍しても落とされる。これはシャドウに対してどれだけの忠誠心を持っているかも試されている意味合いが強いのだろう。

 これはヤバい。こんな爆弾が公開されればシャドウは一発で終わる。未成年と性交をした時点で逮捕案件なのに、その物証が大量にある。これはスポンサーが一気に手を引くだろう。淫行ごときで刑務所に行くとも思えないが、シャドウはここで終わる。

 おそらく身内に裏切り者がいたか、シャドウに体を差し出したJKのうち誰かが反旗を翻したのだろう。そこへ煉獄のスケキヨが手を差し出した。そんな流れがありありと思い浮かぶ。

 幸いにして爆弾の映像を投下するのは俺ではなかった。まあ、俺みたいな素人にそんな大役は任せないだろう。そういう役割を担う人間は海外のサーバー経由で動画を投下するはずだ。やり方は知らんけど。

 作戦開始となると、投下された動画を閲覧してみる。いや、これは……。たしかにエグいな。JKの女の子もちょっと嫌そうな顔をしているし。

 マジックミラーに出た匿名の動画にコメントを付ける。

『これ、デリヘルとかじゃなくて本物? だとすると淫行じゃん』

 それ以上は書かない。あくまでただの感想に留める。

 サムネイルには半目のシャドウが映り込んでいる。いくらか悪意は感じるものの、誰が見ても裸のシャドウが制服のJKにのしかかろうとしている映像に見える。

 動画は鮫島や真田の時とは比較にならないペースで拡散されていく。あまりにも勢いがすごすぎて俺自身が怖くなったほどだ。それだけ有名人の力は大きいのだろう。

 あまりに拡散の勢いが早過ぎるので、俺は早々に大元の呟きを削除した。こうすることで出どころが分からなくなる。仮にそれを見たやつがいたところで、拡散され過ぎて怖くなったから消したと言えばいい。それは事実だ。

 動画は連続で投下されて、火元となったプラットフォームのマジックミラーにはアクセスが殺到した。動画を保存したインプレゾンビたちが閲覧数ほしさに自身でも動画を発信しはじめて、それがさらなる拡散を生む。

 SNSのトレンドが「シャドウ淫行」になっていた。本人のアカウントを見ると、現状はだんまりだった。あちこちからクソみたいな言葉を投げつけられているが、それにやり返しているヒマもない頃だろう。今の状況を喩えるなら、軍隊アリの群れに襲われたようなものだ。

 事件は山頂から転がした雪玉のように話が大きくなっていく。

 スキャンダル投下から数時間もすると、シャドウの不祥事はヤスーニュースに載っていた。これで一般的な主婦やサラリーマンもシャドウの不品行を知ることとなる。当然のこと、そのニュースは怒りのコメントとともにあちこちへと拡散されていく。

 拡散した中では誰一人として背景にあるものを調べたり情報の裏を取ろうとしない。情報の真偽よりも、怒りを誰かと共有することの方が、優先順位が高いのだ。この社会の在り方をそのまま見せつけられた気がした。

 長い時間をかけて彼の築き上げてきたものが、ドミノ式に崩壊していく。

 今、彼がどんな気分なのかは考えないことにした。あくまで俺にとっては他人事。俺は煉獄のスケキヨに言われてやっただけ。そう思わないとやっていられない。そこに誰かを破滅させているという現実感などない。そんなものを持ってはいけない。

 しばらくすると、次のニュースがネットに踊る。

 シャドウの「お手付き」となった女性たちがMe Too運動のように立ち上がる。この流れはシナリオになかった。やはり怨まれる奴はどこでも怨みを買っているものだ。

 よほどのヤリチンだったのか、ヤり捨てた女だけで武道館のライブが出来そうな勢いだった。賢い女たちはこの機会を待っていたのだろう。単体で被害を訴えても口を封じられてしまう。革命のごとき勢いでシャドウの攻撃がはじまった今、便乗してこれでもかと追撃を加える。

 そのうち真偽の怪しい「被害者」も出はじめる。目立ちたいだけなのか、訴訟でもして金を引っ張りたいのかは分からない。どちらにしても、水面下からシャドウ叩きを推進する必要はなくなった。ネットでは大火事が発生している。後は義憤に燃えた正義感たちがいくらでも魔女を燃やしてくれるだろう。俺たちは手を引き、それを眺めているだけでいい。

 大手のメディアも尊大なシャドウにムカついていたのか、あちこちからネットニュースとしてシャドウに批判的な記事を「こんな意見がある」と傍観者の立場で提供していく。記事の掉尾に「真相の究明が待たれる」と結んで人に責任をなすりつけるのは忘れない。他者に問題は投げつけるが、自分たちでそれを解決する努力はしない。それがメディアのやり方だ。

 肝心のシャドウは沈黙を貫いていた。今頃SNSの通知はクソリプで埋め尽くされているだろうが、下手に発言をすれば余計ややこしくなることを理解しているのだろう。

 だが、それもいつまでもは続かないはずだ。文春の記者きどりのネットユーザーは「説明責任を果たすべき」などの正論もどきで固く閉ざされた口を割ろうとしている。もちろんその口から何かの説明が発せられたら平本蓮のように強烈な攻撃をマシンガンのように浴びせてハチの巣にしてやろうと思っているのは間違いない。

 数日たつと、結局シャドウは白旗をあげた。

 公式のホームぺージで流出した映像は本物であること、そしてJKたちに手を出していたことは間違いないとのことだった。あそこまで証拠を出されると逃げようがなかったのか、それとも裏に付いている影の協力者から切り捨てられたのか。

 いずれにしてもシャドウは引退を宣言した。淫行の件も容疑が固まり次第逮捕の噂もある。手口が悪質なのと被害者が多いだけに、ただの淫行で済むとは思えない。実刑となる可能性が高いだろう。彼の姿を見ることはもうない。

 嘘みたいな話だが、あれだけ有名だったネット有名人が一瞬にしてその姿を消した。まるで魔法でも使ったみたいだった。そして、その「魔法」には少なからず自分も関与しているのだ。現実感がないのに、ひどく恐ろしい感じがした。

 あの方法を使えば、どんな人間でも社会的には葬ることが出来てしまうのではないか。たしかに彼は法に触れることをしていた。だが、誰だって少しぐらいは後ろ暗いことはあるだろう。誰だって聖人君子になれるわけではない。あの方法を使われたら、必然的に社会から排除されてしまう気がした。

 煉獄のスケキヨからは作戦の成功について賛辞の言葉が送られてきた。少しも嬉しくない。明日は我が身だ。

 これがネット社会の闇なのか。

 神は人間になんてものを与えてしまったのだ。こんな時だけ、俺は神に責任をなすりつけた。