小説サイトへログインすると、煉獄のスケキヨからメッセージが届く。

  我ながらおめでたいことだが、自分のいざこざが終わったらハッピーエンドですべて終わりのつもりになっていた。

 これからネット有名人を攻撃するので、協力をしろというものだった。

 ターゲットは「シャドウ」の名前で活躍する人気動画配信者だった。芸能界やら配信者には疎い俺だが、シャドウの名前ぐらいは知っている。

 桁違いの閲覧数でテレビよりも強力な影響力を持つ配信者と言われ、下手な芸能人よりもよほど力を持っている。彼の作ったコンテンツというだけで話題になり、それだけで見ようとするファンが日本全国にいる。

 俺としては正直なところ、何がいいのかさっぱり分からない。だが、それだけの理由で人気者を叩く理由にもならない。そういう意味ではある意味異世界の住人でもある。

 そんな奴をなんでターゲットに選んだんだろうと思って先を読み進めると、彼の罪状が書いてあった。

 整形とはいえ超絶イケメンで知られるシャドウは、三桁以上の女性をヤっては捨ててを繰り返しており、かなりの怨みを買っているとのこと。その中には「君とは結婚するから」と言われて何もかもを捧げた女性も多々いたが、ことごとく散々遊ばれた後に捨てられているという。

 まあ、あれだけイケメンで動画配信が売れていれば、そのぐらいやっているんだろうな。

 俺は割と冷静な目で見ていた。自分もあれだけイケメンで人気者だったらそれぐらいやっているんじゃないか。そんな気はした。

 これでシャドウが鮫島賢司のように陰キャをイジメて動画を撮っていたら憎しみが沸いたかもしれないが、今回についてはヤバい男に自分から近付いてひどい目に遭った女性もそれなりにツッコミどころがあるように思えた。

 だって、クズだと分かっていて近付いて捨てられたんじゃないか。俺みたいに目をつけられたんじゃなくて。そう考えると自業自得に近いものさえ感じてきた。俺は冷たいのだろうか?

 うーむ。気持ちが乗らないな。そもそもシャドウに個人的な怨みがあるわけじゃないし、俺自身はネットで他者を炎上させる趣味があるわけでもない。そうなると、煉獄のスケキヨに協力することがそれほど正しいことにも感じられなかった。

 ただ、彼には鮫島一派の件でだいぶ助けてもらったという恩義もある。助けてもらっておいて恩義を返さないのもどうなんだという思いもある。それでも、怨みもない人間を社会的に潰すのもどうなんだという考えもある。

 出来ることなら小説だけに集中して、後は岡莉奈と楽しい日々を過ごしていきたい。それが本音だ。俺だって他の人が不幸になってほしいなんて思っていない。

 気が乗らない。そうは言えないが、ターゲットのシャドウに直接的な怨みがあるわけではない。そういった人間を地獄へと堕とすのは気が進まないので、やんわりと今回の作戦を外れることは出来ないかと返信した。もちろん、この作戦をリークすることはないと付け足した上で。

 すぐに返信が来る。それを読んで言葉を失った。

 煉獄のスケキヨからは次のような返信がきた。

 ――何を勘違いされているのかは分かりませんが、今回の作戦に関してあなたに拒否権などありません。

 前回の鮫島賢司たちの断罪では直接的な怨みを持たない参加者がほとんどでした。言い換えれば、あなたの復讐のために他の仲間たちが自らの手を汚したことになります。

 それが自分の番になったからといって離脱を表明するなど、裏切りもいいところです。二度とそのような発言はされないようお願いいたします。次に似たような申し出があった場合、あなたがこちら側へ弓を引いたものとみなします。

 その時にはこれまでの作戦を主導した者としてあなたが断罪される側に回ります。こちらにはそれだけの力があることは重々ご存じかと存じます。

 くれぐれも私をガッカリさせる発言はしないようお願いいたします。今回は初回ですので情状酌量につき不問といたします。

 指示書は今日中に送ります。

 分かっているかとは思いますが、あなたが機能しているかどうかは逐次把握していますので、手を抜いたりせず、自身の職務を全うしていただくようお願いします。

 ――返信がこれで終わっていた。

 ちょ……こわ杉やろ。完全に脅迫じゃねえか。

 まあ、いくらかは覚悟をしていたものの、俺は本当にヤバい奴に協力を頼んでしまっていたらしい。

 考えを巡らせる。なんとなくだが、全国に俺みたいな奴が多数いて、順繰りにネット炎上で私憤を晴らすコミュニティみたいなものが出来ているらしい。となると、他の奴らも俺と同様に初回は助けてもらい、後は協力者として引っ立てられたというところだろうか。

 こええ。こえーよ。

 何が怖いって、今回のシャドウみたいな直接怨みのない人間を続々と潰していかないといけないんだから。

 まあ、彼らにも怨まれる理由はそれなりにあるんだろう。俺だって鮫島や真田は何回殺しても足りないぐらい嫌いだった。だからこそあいつらを躊躇なく潰すことが出来たのだから。でも、だからって別の人間を鮫島みたいに憎むのは無理だ。

 シャドウについてネットで調べる。これから攻撃する相手の情報収集もそうだが、なるべくクズでいてほしかった。そういう奴なら潰しても罪悪感はそれほどないだろうから。

 ネットで「ショドウ 黒い噂」や「シャドウ 裏の顔」など、はじめから悪い情報ばかりがヒットするような検索をかけていく。シャドウがどこかに寄付をしたとかネットニュースで見た気はするけど、そういうのは見ないことにした。理由は仕事がやりにくくなるからだ。これから潰す奴は可能な限りどうしようもないダメ人間であってほしい。それこそ鮫島のような。

 やはりアンチの多さでも知られているせいか、シャドウの悪い噂は腐るほど出てきた。なぜか安堵の溜め息が出た。

 シャドウはやはり裏で色々とやらかしていた。

 例えば自身のプライベートブランドの化粧品を販売する際に、ビフォーアフターの写真を別人に差し替えて使っていたという小学生レベルのヤラセを元関係者から暴露されていた。

 こんなものは序の口で、他にもヤバい話が色々と出てくる。

 シャドウの名前が売れる前には、黒い交際が原因で引退となった芸能人と怪しい情報商材を販売して法外な利益を得ていたり、番組で飲食店のプロデュースをしたはいいが、儲からないと分かるとあっという間に見捨ててオーナーが破産に追い込まれたという話もある。

 どれも話半分ぐらいに聞くぐらいがちょうどいいような話ばかりだが、これだけ悪い噂が先行していてもシャドウは人気配信者でい続けている。そういう人間をどうやって潰すんだろうか。

 仮にシャドウの息の根を止めるのであれば、よほど大きなスキャンダルを持ってこないとダメだろう。なんだか無理ゲーをさせられている気分になった。

 そんなことを思っていると煉獄のスケキヨからメールが届く。いっそこのメールの存在を丸ごとバラしてやればいいんじゃないかと思ったけど、それをやったら後で想像を絶する報復が待っていると思われるのでやめておこう。

 データが届く。証拠映像の内容についての説明と、炎上を起こす記事の指示書。俺の場合、なまじ文章力があるからこそこの役割を与えられたのだろうか。なんだか複雑な気分になった。

 しかし世間の人はどう思うんだろうな。炎上事件を経て悲劇のヒーローとなっていた高校生ラノベ作家が、まさかのネット放火作戦に参加していたなんてことを知った日には。

 色々と調べていて、俺とのわずかな接点を発見する。シャドウは鮫島賢司――ネットの名前ではKJと交流があったらしい。じゅりぴこと真田もだ。イケてる奴らはイケてる奴らとツルむようになっているが、それを見ただけでいけ好かない奴だと思った。

 イジメ動画が出回った時、シャドウも動画についてわずかに言及していたらしい。内容としては「動画の内容がどうあれ、KJは俺にとって大事な友人だ」という発言をしたそうで、イジメを肯定する発言として軽い炎上を経た後に該当の呟きを消している。

 おそらく友人を守る感覚だったのだろうが、「動画の内容がどうあれ」と言うのは気に入らないな。あれはどう見たってイジメの動画でしかないだろうが。ふいにシャドウに向けてリアルな怒りが沸いてきた。後はこの怒りを育てていくだけだ。

 KJが消えた後に「寂しいよ」とだけ意味深な発言をしているが、これは鮫島に向けたものだったのだろうか。今さら確かめようもないが。彼にとっては鮫島もただのいい奴だったのかもしれない。立場が違えば意見が違う。人の良し悪しなんて一口に語れるものじゃない。

 まあいい。彼が生きるために他の人を不幸にしたように、俺も彼を不幸にする。少なくともシャドウは何人もの怨みを買っている。そして、今まさに俺の怒りもいくらかは買った。あいつが燃える理由なんてそれだけでいい。

 もはや考えるのも面倒くさい。お前は単に運が悪かったんだ。少し前の俺がそうだったみたいに。