岡さんとヨリが戻って(?)数日が経った。
どういう風の吹き回しなのか、彼女と本屋へ行くこととなった。
理由としては岡さんが買いたい本があったのと、俺のオススメを知りたいらしい。まさかのブック・ソムリエ。彼女の好みにフィットする作品を選べる自信が全くない。
放課後になると駅周辺にある本屋へ行き、そこで参考書と一緒に何か読めるものがあれば小説も買うとのことだった。
これは、デートなんだろうか?
いや待て、こじらせ童貞。たかだか本を買いに行くだけじゃないか。でも、四捨五入したらデートなんじゃないか。
気持ち悪い自問自答をしている内に岡さんが来た。JKの制服に身を包んだ天使。あちこちから視線が集まってくる。同時に、「なぜお前ごときが」という圧も感じた。ただの被害妄想ではないだろう。
「ごめんね。待った?」
「いや、そうでもない。それじゃあ行こうか」
「うん」
本当は手を繋いで歩きたいところだったが、それをやってガチで嫌われたらリカバー不可だ。少なくとも俺にそんなスキルはない。それでも日本で一番かわいいJKと並んで歩けるのは僥倖だ。おそらく一生分の運をここで使い切ってしまっているに違いない。
岡さんと書店へと入るとお目当ての参考書を早々に見つけて、後は文芸コーナーへと移った。並んで歩いているだけなのに、彼女の存在を感じると鼓動が早くなる。
平積みされた本をああだこうだ言いながら二人で吟味する。やはり優等生のせいか、岡さんのオススメは重厚なミステリなどの小難しい本に偏っている傾向がある。ラノベなんか勧めていいんだろうかと思ったが、逆に新鮮だったようで喜ばれた。
本を買い終わると、すぐ近くにあるクレープ屋に寄った。ぼっちには無縁の場所。そこに規格外の美少女と行くなんて神様もいたずらが過ぎる。
クレープを頬張りながら、好きな本や作家について話す。鮫島たちのことにはまったく触れなかった。まるで彼女の中から記憶が消されたかのようだった。その方がいいはずなのに、逆に落ち着かなかった。
それもあってか、俺の口から思わず本音が出た。
「まさか岡さんとこんな風に過ごせる日が来るなんて思わなかったよ」
それを聞いた岡さんは意外そうな顔をした。これは天然なのか、それとも本当の食わせ者なのか。
「そうだね。色々あったしね」
超絶美少女は遠い目をする。彼女なりに思うところがあったのかもしれない。
「ねえ、わたしのこと、怨んでる?」
岡さんが少し目を逸らしながら訊く。彼女なりに勇気のいる発言だったのかもしれない。
「いや、怨んでなんかいないよ。怨むはずなんてないさ、こんな陰キャごときが」
これも思わず出た本音だった。俺だってそこまでナルシストじゃない。自分が目の前の美少女と釣り合わないことぐらい分かっている。
「ねえ」
「うん」
「その自虐、やめたら?」
言われて一瞬ドキっとした。
たしかに自虐的な思考には陥りがちだが、彼女が指摘したのはそれだけじゃない。
太宰は自身のやるせなさをお道化でごまかそうとした。他ならぬ自分自身すら騙そうとしていたのだ。
もしかしたら俺の抱えた自虐的な性向も、太宰のお道化と大差ないのかもしれない。それを見透かされた気がした。
「そうは言うけどしょうがないじゃないか。俺には優れた容姿もないし、勉強だって出来るわけじゃないし、スポーツだって人並みか少し下のレベルだ。こんな取り柄のない自分をどうやって愛せっていうんだ」
半分は自分に言っていた。
鮫島がいけ好かない野郎だったにしても、彼がモテる理由は分かりやすかった。真田樹里亜も、明智颯太も同じ――彼らはイケていた。俺は違った。事実はただそれだけだ。
目の前にいる岡莉奈にしても同じだ。彼女が厚底メガネの太った女子であれば、周囲の人間は彼女を今の半分も大事にしなかっただろう。それは俺も同じことだが。
――俺は彼らのようにイケのグループには入れなかった。
何年も前からそのように刷り込まれて、敗北主義の思考を骨の髄にまで浸透してきた結果が今の俺だ。それは何も俺に限ったことじゃない。現代に生きる、「その他大勢」の人々にはいくらかでもこの刷り込みがなされている。
ナンバーワンにならなくていいと人は言う。それは分かる。だけどナンバーワンになるのはどこの世界でも選ばれし者がいて、俺ら凡人はそこへつけ入る隙もない。何もかもがその王様のために予定調和となった世界。そんな世界が時々嫌になる。
長い黙考に入っていると、岡さんがじっとこちらを見ているのが分かった。
「うーん。鬼頭君は自分で思っているよりもずっとカッコいいと思うけどな」
「まさか」
こういう時だけ音速で言葉が出る。脊椎反射の類なんだろうが、このスピードで愛の言葉を囁けたらどれだけ人生が楽だったか。
「でも、君が好きな本について語っている時の顔、わたしは好きだけどな」
岡さんはクレープを頬張りながら言う。
「そんなこと言ったら岡さんだって……」
言いかけて言葉に詰まった。岡莉奈が日本で一番かわいいJKだというのは周知の事実だが、それをあえて口に出すのは憚られた。あな悲しき陰キャのさが。
「わたしだって、何なの……?」
ふいに周囲が静かになる。目の前にはいたずらっぽい笑顔の超絶美少女。どうしても彼女は視線を集めてしまう。知らぬ間に俺たちへ店内の視線が集まっていた。嫌だ。
「あのー、そのー、あれだ。そう、見た目はかわいい」
岡さんが噴き出す。
「見た目『は』って、わたし今ディスられてる?」
周囲から「フフ」っと小さな笑いが漏れる。死にたい。
「いや、違うんだ。これは、その……」
岡さんはツボに入ってしまったのか、腹を抱えて笑っている。それを見ていて、まあいいかという気持ちになってきた。
別にいいだろう。彼女が笑顔になったなら。俺だって、こんな顔が見たかったんだから。
かくして寿命を縮めながらも岡さんとの楽しい買い物ミッションを終えた。
いいじゃないか。もともと守るプライドなんて何もなかったんだから。今は彼女が笑顔でいてくれていることが本当に嬉しい。
こんな時間がずっと続いてほしいなと心から思った。
――だけど、人生というのはそう甘くない。
幸せとは砂の城。ちょっとしたさざ波で、脆くも崩れ去ってしまう。
どういう風の吹き回しなのか、彼女と本屋へ行くこととなった。
理由としては岡さんが買いたい本があったのと、俺のオススメを知りたいらしい。まさかのブック・ソムリエ。彼女の好みにフィットする作品を選べる自信が全くない。
放課後になると駅周辺にある本屋へ行き、そこで参考書と一緒に何か読めるものがあれば小説も買うとのことだった。
これは、デートなんだろうか?
いや待て、こじらせ童貞。たかだか本を買いに行くだけじゃないか。でも、四捨五入したらデートなんじゃないか。
気持ち悪い自問自答をしている内に岡さんが来た。JKの制服に身を包んだ天使。あちこちから視線が集まってくる。同時に、「なぜお前ごときが」という圧も感じた。ただの被害妄想ではないだろう。
「ごめんね。待った?」
「いや、そうでもない。それじゃあ行こうか」
「うん」
本当は手を繋いで歩きたいところだったが、それをやってガチで嫌われたらリカバー不可だ。少なくとも俺にそんなスキルはない。それでも日本で一番かわいいJKと並んで歩けるのは僥倖だ。おそらく一生分の運をここで使い切ってしまっているに違いない。
岡さんと書店へと入るとお目当ての参考書を早々に見つけて、後は文芸コーナーへと移った。並んで歩いているだけなのに、彼女の存在を感じると鼓動が早くなる。
平積みされた本をああだこうだ言いながら二人で吟味する。やはり優等生のせいか、岡さんのオススメは重厚なミステリなどの小難しい本に偏っている傾向がある。ラノベなんか勧めていいんだろうかと思ったが、逆に新鮮だったようで喜ばれた。
本を買い終わると、すぐ近くにあるクレープ屋に寄った。ぼっちには無縁の場所。そこに規格外の美少女と行くなんて神様もいたずらが過ぎる。
クレープを頬張りながら、好きな本や作家について話す。鮫島たちのことにはまったく触れなかった。まるで彼女の中から記憶が消されたかのようだった。その方がいいはずなのに、逆に落ち着かなかった。
それもあってか、俺の口から思わず本音が出た。
「まさか岡さんとこんな風に過ごせる日が来るなんて思わなかったよ」
それを聞いた岡さんは意外そうな顔をした。これは天然なのか、それとも本当の食わせ者なのか。
「そうだね。色々あったしね」
超絶美少女は遠い目をする。彼女なりに思うところがあったのかもしれない。
「ねえ、わたしのこと、怨んでる?」
岡さんが少し目を逸らしながら訊く。彼女なりに勇気のいる発言だったのかもしれない。
「いや、怨んでなんかいないよ。怨むはずなんてないさ、こんな陰キャごときが」
これも思わず出た本音だった。俺だってそこまでナルシストじゃない。自分が目の前の美少女と釣り合わないことぐらい分かっている。
「ねえ」
「うん」
「その自虐、やめたら?」
言われて一瞬ドキっとした。
たしかに自虐的な思考には陥りがちだが、彼女が指摘したのはそれだけじゃない。
太宰は自身のやるせなさをお道化でごまかそうとした。他ならぬ自分自身すら騙そうとしていたのだ。
もしかしたら俺の抱えた自虐的な性向も、太宰のお道化と大差ないのかもしれない。それを見透かされた気がした。
「そうは言うけどしょうがないじゃないか。俺には優れた容姿もないし、勉強だって出来るわけじゃないし、スポーツだって人並みか少し下のレベルだ。こんな取り柄のない自分をどうやって愛せっていうんだ」
半分は自分に言っていた。
鮫島がいけ好かない野郎だったにしても、彼がモテる理由は分かりやすかった。真田樹里亜も、明智颯太も同じ――彼らはイケていた。俺は違った。事実はただそれだけだ。
目の前にいる岡莉奈にしても同じだ。彼女が厚底メガネの太った女子であれば、周囲の人間は彼女を今の半分も大事にしなかっただろう。それは俺も同じことだが。
――俺は彼らのようにイケのグループには入れなかった。
何年も前からそのように刷り込まれて、敗北主義の思考を骨の髄にまで浸透してきた結果が今の俺だ。それは何も俺に限ったことじゃない。現代に生きる、「その他大勢」の人々にはいくらかでもこの刷り込みがなされている。
ナンバーワンにならなくていいと人は言う。それは分かる。だけどナンバーワンになるのはどこの世界でも選ばれし者がいて、俺ら凡人はそこへつけ入る隙もない。何もかもがその王様のために予定調和となった世界。そんな世界が時々嫌になる。
長い黙考に入っていると、岡さんがじっとこちらを見ているのが分かった。
「うーん。鬼頭君は自分で思っているよりもずっとカッコいいと思うけどな」
「まさか」
こういう時だけ音速で言葉が出る。脊椎反射の類なんだろうが、このスピードで愛の言葉を囁けたらどれだけ人生が楽だったか。
「でも、君が好きな本について語っている時の顔、わたしは好きだけどな」
岡さんはクレープを頬張りながら言う。
「そんなこと言ったら岡さんだって……」
言いかけて言葉に詰まった。岡莉奈が日本で一番かわいいJKだというのは周知の事実だが、それをあえて口に出すのは憚られた。あな悲しき陰キャのさが。
「わたしだって、何なの……?」
ふいに周囲が静かになる。目の前にはいたずらっぽい笑顔の超絶美少女。どうしても彼女は視線を集めてしまう。知らぬ間に俺たちへ店内の視線が集まっていた。嫌だ。
「あのー、そのー、あれだ。そう、見た目はかわいい」
岡さんが噴き出す。
「見た目『は』って、わたし今ディスられてる?」
周囲から「フフ」っと小さな笑いが漏れる。死にたい。
「いや、違うんだ。これは、その……」
岡さんはツボに入ってしまったのか、腹を抱えて笑っている。それを見ていて、まあいいかという気持ちになってきた。
別にいいだろう。彼女が笑顔になったなら。俺だって、こんな顔が見たかったんだから。
かくして寿命を縮めながらも岡さんとの楽しい買い物ミッションを終えた。
いいじゃないか。もともと守るプライドなんて何もなかったんだから。今は彼女が笑顔でいてくれていることが本当に嬉しい。
こんな時間がずっと続いてほしいなと心から思った。
――だけど、人生というのはそう甘くない。
幸せとは砂の城。ちょっとしたさざ波で、脆くも崩れ去ってしまう。