真田樹里亜を断罪する――煉獄のスケキヨからメールが届いた。

 とうとう来たか。俺も結構な「爆弾」を提供していたが、ここ数日の間に煉獄のスケキヨはもっとたくさんのスキャンダルを用意していたようだ。

 手順は前と同じ。鮫島事件で使った匿名のSNSアカウントを使う。当たり障りのないことだけ呟いて、時々は他のユーザーと相互フォローした。こうやって「血の通った」アカウントをいくつも生み出しておく。

 前回の火元となった鮫島糾弾の呟きはもちろん消してある。時間も経ったので大元の火元を探すのはもはや不可能。フォロワーでさえ炎上の発端となった俺の呟きを憶えていないだろう。

 再び番号と記号だけで名前の付けられた人々とやり取りをする。彼らも、いや彼女らももしかしたら真田樹里亜に怨みを持つ者たちなのかもしれない。鮫島一味の生き方そのものがあまりに多くの敵を作り過ぎるのだ。知らないところで怨みを買っていても何ら不思議ではない。

 学校では威張り散らしている「じゅりぴ」もネット上では猫をかぶっていた。炎上したKJについても「そんな人をする人じゃなかった。きっと誰かが彼をハメたんだと思う」と言い、自分は被害者ムーブを続けていた。

 半分は当たっているが、身から出た錆というやつだ――そしてその対価はお前も支払うことになる。

 煉獄のスケキヨから提供された「新ネタ」は強烈だった。

 じゅりぴは自分を表紙にするために芸能事務所のキーパーソンと寝ていた。いわゆる枕営業である。無垢で清純なギャルとして売りに出していたじゅりぴのキャラとは真逆のスキャンダル。これだけでキャリアを終わらせることが出来る。

 だが、ネタはそれだけではない。じゅりぴは他のギャルを脅して金を巻き上げ、芸能関係者に「供物」として他のギャルモデルを枕営業に行かせていた。関係者の中では有名な話で、知っている人はみんな知っているレベルの危険人物だったらしい。今まで公にならなかったのは報復を恐れていただけだ。

 そのため、情報提供者も大した苦労を要さずに情報提供へと協力をしてくれたとのことだった。真田、人望の無さが思いっ切り出たな。

 極めつけはAIで作ったラブホテルの会話だった。「これであたしも表紙の女、だね」といかにも本人がしそうな言い回しで偽の録音データを作成して、後は音声をいじって真田樹里亜の声に差し替える。

 それだけではない。他のギャルモデルを侮辱するような会話や、俺に私的な制裁を与える意向の会話まであった。最後のだけが本物のような気がしたが、俺の被害妄想だろうか。まあ、どうせ誰かに一回ぐらいならそんな内容の話はしているだろう。

 完成品を聴くと、普段から聞いている真田の声と何ら変わらないように見える。恐ろしい技術だ。AIがあれば、いくらでも証拠もどきの会話を作れるのではないか。

 正直そこまでやらなくてもじゅりぴを終わらせることぐらいは造作もないのではないかと思ったが、煉獄のスケキヨを怒らせると何が起こるか分からない。逆らう理由もないので、それもついでに拡散することにした。どちらにしても真田は焚刑に処された魔女のようになる。

   ◆

 作戦の決行日。おそらく今日が真田を見る最後の日になる。

 真田は相変わらず怒っていた。周囲の人間を絶えず睨みつけ、視界に入ると怒鳴りつける。明智はプライドがないのか、それに追随する形で他の生徒をイジメている。

 凶悪な二人とは目を合わせないようにした。それでもあいつらは俺を潰したがっている。何度も喧嘩を売るような視線を送られる。

 目を逸らして、イジメられっ子のキャラクターを保った。変に逆らって警戒心を与えてはいけない。今は彼らの自尊心を満たしてやればいい。それもすぐに粉々になるのだから。

 岡莉奈はもはや鮫島グループとは無関係な生徒になっていた。それでいい。もともとは人畜無害な美少女なのだ。あんな不良と関わって変な色に染められてほしくない。真田と関わっていれば芸能関係者に供物として枕営業にやられてしまうだろう。それだけは避けないといけない。

 奴らの傍若無人ぶりを再確認して、容赦はいらないと確信した。あいつらは社会にとって不要な存在だ――消えてもらおう。

 帰宅して、作戦開始の時を待つ。

 ネタが匿名SNSのマジックミラーに投下される。最初に投下されたのは真田樹里亜に枕営業を強要されたというギャルモデルの告発だ。音声データと枕営業の詳細が長文で投稿される。

 情報をもとに俺がギャルっぽい文章で記事を作成した。だから無駄に完成度が高い。理知的にならないように気を付けて書いた。

 記事を投稿しているのは他のメンバーだ。煉獄のスケキヨ経由でテキストデータを受け取り、他のメンバーが告発者として投下する。闘いの狼煙が上がる。

 俺はすかさず記事を引用して、批判的なコメントとともに拡散する。「拡散希望」の文言は忘れない。他のメンバーやネットの正義マンが加勢する。この後に順を追って俺の提供した動画、そして芸能関係者と寝た時のAI音声が投下されるようになっている。まるで様式美だ。

 じゅりぴこと真田樹里亜のスキャンダルは瞬く間に広がっていった。想像以上に燃え上がるのが早かった気がしたが、それだけ多くの人間から嫌われていたのだろう。毒舌キャラならともかく、清純キャラで売り出したのは大きな間違いだった。それだけ裏の顔が際立ってしまう。

 じゅりぴが燃える。たかだか読者モデルがなぜここまでの炎上を引き起こすのかは分からない。だが、世界のどこにこれだけの憎悪を持った人間が潜んでいるのだろうと思うほど、じゅりぴのアカウントはクソリプを投げつけられていた。

 半ば予想通りにじゅりぴはクソリプに反応的になる。放っておけばいいのに相手をするものだから、クソリプを投げつけた奴らはマドハンドのように仲間を呼びまくる。そのままアイドルユニットでも作れそうな人数になってじゅりぴを論破し、攻撃していく。

 バカだ。明白な証拠があるのだから、まともに闘って勝てるはずがない。普段から女王様扱いをされていて、そういった感覚が鈍ってしまったのだろう。今まで彼女を誉めそやしていた人間たちが一斉に牙を剥く。革命に遭って断頭台へと登った中世の王族はこんな状況だったのだろう。

 見えない敵と闘いはじめた真田はさらなる暴走を見せる。どうしてそのような結論に至ったのかは不明だが、明智が裏切り者だと思いはじめたらしく、明智のアカウントに本名晒しや別の暴露を繰り返して同士討ちをしはじめた。

 もうヤケになっているのか、真田は散々暴れまくって殺害予告や暴言など、散々な醜態を晒したのちにアカウントが凍結された。頭の悪い真田らしい最期だった。

 直接のターゲットではなかったが、裏切り者判定をされた明智颯太も深刻な二次被害に遭った。地雷どころかばくだんいわ女と化した真田は、味方に向かってメガンテを放っていた。

 それは鮫島賢司や真田樹里亜の背後に隠れて甘い汁を啜っていた事にはじまり、裏では鮫島一味に加担していたこと、そして自分は決して表には出て来ずにたくさんの人々を傷付けてきたことを暴露した。

 暴露の中には盛った話もあったが、何も知らない人間からすれば真偽の見分けはつかない。とくにじゅりぴ信者が憎しみの矛先を逸らせるために明智を攻撃して泥沼化した。

 本名を皮切りに住所やその他個人情報を晒された明智は、鮫島同様にイタズラ電話や家に落書きをされるなどの実害を被っているという。

 結局小賢しい工作も実らず、明智はとばっちりを喰う形でネットに多数潜んでいる正義マンの制裁を受けることとなった。

 クラスを暴力と恐怖で支配していた鮫島グループはあっという間に崩壊した。終わってみると、あれだけ悪名を轟かせた奴らもただの人間だった。

 最後に見た二人の姿が脳裏をよぎる。何かに怒っていて、世間へのやりきれない憤懣を溜め込んだ目。もしかしたら、俺もそんな目をしているのかもしれない。もう確かめる術もないが。

 鮫島グループとの闘いは終わった。想像も出来なかったほどにあっけなく。

 安堵と言うよりは、どこか虚しさの方が勝った気がする。敵を倒した後にいくらか寂しそうな顔をするブルース・リーの気持ちが少しだけ分かった気がした。

 クラスの暴君たちは消えた。

 以後は明智も真田も、学校に姿を見せなくなった。