真田の醜態は隠し撮りしてあった。

 バカな女だ。鮫島が同じ手法でやられているというのに、自分の言動が記録されているかどうかを疑いもしない。

 暴露動画として自分から発信してもいいところだが、単体でやると思ったほど動画が拡散されず、かえって自分の身を棄権に晒す可能性がある。それは避けたい。

 煉獄のスケキヨ――ダークネスなドラえもん。俺にとっては救世主的な存在。

 動画を送る。仲間への声掛けや作戦の取りまとめは煉獄のスケキヨが一括して管理している。鮫島の作戦も彼がコンダクターになったことによって成功した。俺一人がSNSで暴露をしたところでボヤですら起こせなかった。

 スケキヨから返事が来る。しばらく待てとのことだった。

 真田を潰すまでのカウントダウンが始まったが、少なくともそれは明日ではない。

 することがないのと鮫島が去ったことにより、削除した小説を再度アップロードしはじめた。仮に気付かれたところで、また教室でボコボコにされることはないだろう。

 真田はオラついていても所詮ヤンキーの女だし、明智は自分の手を汚すことを嫌う。実行犯を別に選定して後ろからニヤニヤ眺めているだけだが、鮫島があんな消え方をした後で同じことをしようという奴は出てこないはずだ。

 つまり、今後俺は安心して小説が書ける。煉獄のスケキヨとの連絡が小説サイトのアカウントのみという理由で身バレ状態の執筆になるが、いちいち知ったことか。叩かれても書き続けてやる。それがギャルのインフルエンサーにとってキモさの極みであったとしても。

 別にそんなに大層なものでもないが、やはり自分で丹精込めて書いた作品はかわいい。単につまらなかったのであればともかく、イジメの材料となって俺の小説が存在すら許されないなんておかしい。

 はっきり言って意地だ。誰のためでもない。他でもない俺のためでしかない。

 でも、だから何だというんだ。俺にとって書くということは生きることなのだ。その権利は誰に侵害されるものでもなく、当然の権利として保障されるべきだ。

 そういったわけで、一旦は姿を消した小説たちを元に戻していく。

 岡さんは再び俺の小説を読んでくれるだろうか。鮫島一味の側にはいるものの、ボスの鮫島賢司が惚れこんで無理くり上位グループへと引き入れていただけなので、そこから抜けることについては未練もないはず……と、思いたい。

 主人公は変わらずオカリナだ。あんな事件があっても主人公を変えたりはしない。

 ただ、物語の趣向はいくらか変わった。

 真田の指摘で一つだけ納得出来るものもあった。それは作品に俺の願望が出過ぎているところだ。「こうあってほしい」ヒロイン像を前に出し過ぎたせいで、作品から「ヒロインとはこうあるべきだ」という主張が滲み出てしまっている。リアルの女性からするとその点がキモいんだろう。

 書き直して、あくまで主役はオカリナ、スパダリの勇者キートンは勇者だろうが神だろうが脇役でオカリナを引き立てる役、という書き方に変えた。

 当初こそ細部を少しずつ変えていこうかと思っていたが、すぐに書き直した方が早いと気付いて一度すべてを削除した。珍しく作家らしいことをやっている――そんな風に思えて嬉しかった。

 実際に書き直した作品の反応は良くなった。どこかでイジメ動画でボコられた話を嗅ぎつけたユーザーがいたのか、感想欄にチラホラと「大変な目に遭いましたけど、これからも頑張って下さい」という応援のコメントが書いてあった。同情票のようなアクセス増加に苦笑いするしかなかったが、それでも読まれないよりは遥かにいい。

 元々は岡莉奈を喜ばせる一心で書いた作品ではあったが、私情や利害関係がからんでおかしくなった。これからは一般的な誰かのために書いていこう。なんなら俺自身のために書いたっていい。作品に過度な思い入れを抱くのは危険なのだ。

   ◆

 ――数日が経つ。真田が不機嫌なのも、岡さんと不仲なのも変わらない。もちろん、鮫島一味が俺に対して攻撃的なことも。

 だが、一連の事件は有名になりすぎて、学校の関係者であればおおよその人が知ることとなっていた。苦情電話やらイタズラ電話、炎上配信者の突撃取材が始まったからだ。

 学校を通じて謝罪を申し込まれたが、俺がそれを止めた。親はこの炎上を知らないし、俺がイジメに遭っていたことも知らない。

 鮫島一味が謝罪すれば、俺がイジメの被害者であったことが親にバレる。それだけは嫌だった。そんな屈辱的な思いをするぐらいなら死んだ方がマシだ。世間の人々は「なぜイジメがあったことを言わなかったのだ」と非難めいた言い方で被害者を責める。まるで、こちら側に非があったかのように。

 だが、被害者にとっては単純に自尊心の問題なのだ。明らかにイジメに遭っている人間が「イジメられていないよ」と強硬に言い張るのは、そこが心の防波堤であり、最後の砦だからだ。そこを認めてしまえば生きる気力がプッツリと切れてしまう。だからこそ被害者であるにも関わらずイジメに遭っていたことを秘匿するのだ。それを言える人間はまだ救われている。

 そういったわけで俺は教師を通じて伝えられた謝罪の申し出を断った。後は自分で勝手に反省してくれと言ったが、あいつらが形だけ謝っても決して自己の行いを顧みることはないことを知っている。奴らは絶対に反省などしない。言い換えれば、この闘いはどちらかが潰れるまで続く。

 それに、人の尊厳を踏みにじるようなことをしておいて、謝ったら美談になるような形では終わらせたくなかった。あいつらのやったことは途轍もなく邪悪なことだ。「いいね」ほしさに他者の人生を何とも思わない。そんな奴らに綺麗な空気を吸ってほしいとは思えなかった。

 暴露の動画やAIの音声が出回った鮫島はひどい目に遭っていた。金持ちの一軒家は卑猥な言葉や汚物の落書きがされて、自家用車はボコボコにされていた。明らかに犯罪だが、ネットには犯罪者に私刑を与える風習がある。鮫島一家もその波に呑まれた。

 当の鮫島は発狂して閉鎖病棟へと送り込まれたという噂がある。あれだけの社会的な制裁を受ければ、あながち嘘でもないような気がした。

 鮫島の炎上した事件はネット上で鮫島事件と呼ばれていた。おそらくネット有名人KJの本名が鮫島賢司だったので、それをもじって名付けたのだろう。今ではPV稼ぎのために作られたまとめサイトがあちこちに出来ている。

 一夜にしてシンデレラの如く有名になる人もいれば、逆のベクトルで有名人へと変わる人もいる。それが炎上というものだ。

 鮫島はいくらか匙加減を間違えた。その上に自分が反撃などされるはずがないと信じ切っていた。それが奴の敗因だ。

 次は真田、そして明智がターゲットになる。プランは煉獄のスケキヨと一緒に考える。奴らにはしっかりと罪を贖ってもらう。

 さて、俺は俺で小説の執筆を進めないと。

 本来であれば小説を書いて生活が出来るようになるのが目標なのだ。リアルの世界であれだけ激しいイジメに遭うぐらいなのだから、俺は一般社会で生きていくのには向いていない。生きたければ書き続けて認められるしかない。

 結局は「いいね」ほしさと変わらないかもしれない。それでも、俺は誰かを傷付けてまで「いいね」を押されようとは思わない。俺はあくまで小説の実力でのし上がってやる。

 そのためには真田が邪魔だ。あの女は俺を潰すチャンスを探っている。インフルエンサーの力を使って、濡れ衣を着せる瞬間を虎視眈々と狙っているに違いない。邪悪な女、邪悪な女だ……。

 ――そういう奴には、しっかりと消えてもらわないと。

 俺はその日の服でも決める感覚で、真田を消すことを決めた。