「あ！　少々お待ち下さい！」

　ここで薬師は肩を跳ね上げ何かを思い立ったような仕草を見せた。そして走ってその場から出ていこうとする。

「ま、待ってください！」

　薬師は全速力で走る。が、しかし彼女の年齢と前世では陸上部だった春蘭の足から逃れる事は不可能だった。

「私からは逃げられませんよ！」

　後ろから春蘭が薬師の右腕を掴むと、薬師はめいっぱい力を込めて右腕を振りほどいた。

（力が強い！）

　結局春蘭は彼女の力によって後方へと吹き飛ばされ、しりもちをつくような格好になってしまう。薬師はまたも闇夜の中を全速力で走りだし一瞬で見失ってしまった。

（しまった……取り逃がしてしまった……）
「金貴妃様！」

　後ろから宦官や他の医師、薬師達が春蘭の元にやってきてくれた。春蘭はよっこいしょ……と起き上がると彼らから心配の声と共にあの薬師はどこへ行きましたか?!　と問われる。

「あの方角に消えていきました……」

　春蘭の指さす方角は彼女の左前方。医師、薬師達はそこへ行こうとするが、何かを察知した春蘭はそれを制止する。

「ちょっと待ってください。もっと人数を集めてからでないと……！　もし罠だったら大変な事になりますよ！」
「た、確かに金貴妃様のおっしゃる通りでした……ちょっと仲間達と兵士を呼んできます！」