「そんなっ。陛下! これはよく嗅いでおられたお香でございますわよ?!」
(えっそうだったの? いやでも臭いの浩国に嗅がせて体調崩されたらたまらん!)

 正義感がみなぎった春蘭は、浩国と白徳妃の間に割って入った。

「とにかく! よく嗅いでおられたとしても臭いんですから駄目です! 陛下が体調崩したらどうするおつもりなんですか!」
「これはっ……よく嗅いでいらしたものだから大丈夫でございますわ……!」
 
 両者は見合うも浩国はその香は嗅ぎたくないと言って、配下を連れ自身の住まいへと早歩きで去っていく。白徳妃はわなわなと唇を噛み締めるとお香を抱いてどこかへと走り去っていってしまった。

「あっ白徳妃様!」
 
 さすがに言い過ぎてしまった……! と反省した春蘭は彼女を追うも、途中で見失ってしまう。

(あ――……言わなかった方が良かったかなあ……でも万が一って事もあるしなあ……)

 春蘭は後悔の念に駆られながら自室へと戻ったのだった。

(謝罪の手紙でも書いておこう……)

 ◇ ◇ ◇

(まずい。陛下がこの香に興味を示さなくなっている……! それに金貴妃様に疑われてしまった!)

 白徳妃の体内は焦りが蔓延していた。香を抱いたまま走って自室へと戻った彼女ははあ……はあ……。と息を切らし、どかっと椅子に腰かける。

「……白徳妃様……!」

 自室で待機していた女官達は彼女の異変を察知し、引きつった顔で出迎える。

「……お茶を。誰かお茶を淹れて頂戴」

 焦りを消すかのように白徳妃は香を赤子のように抱き続けた。