お街以外にも、放課後にはいろいろな場所に行った。
高台の公園では空に向かってブランコをこいだ。
風を頼りに魔力の源泉を探すらしい。
なるほど。
マンガ喫茶では、鍵のつくり方が書かれた魔導書を探した。
魔導書は裏表紙に闇のサインが入っているからそれとわかるらしい。
なるほど。
でもそれなら裏表紙だけ見ればいいよね。
一冊全部を読む必要はないと思う。
カラオケでは呪文詠唱の練習をした。
なるほど。
アニソンやボーカロイドの曲が魔界では呪文になるんだね。
そんなわけあるか。
ただ単にやりたいことやっているだけだよね。
僕の疑念が伝わってしまったのか、まりかさんは少し焦ったように「とっておきの場所に連れてくよ!」と、遠出を提案してきた。
日曜日。
僕とまりかさんは電車に乗って遠出した。
まりかさんは大きな襟ぐりのお姫さまみたいなワンピースを着ていた。
缶バッチだらけの黒いリュックサック、厚底のバレエ・シューズ。
さすがご令嬢。
おしゃれさんだ。
僕が着ているのなんて小学校のときお母さんが買ってきたトレーナーだというのに。
バスに乗りかえて二十分。
更に歩いて十分。
たどり着いたのは、湖畔の廃墟ホテルだった。
「すごいでしょ! 前に一度下見に来たんだ。屋上からの眺めがすごいんだよ!」
大はしゃぎで廃墟へと駆けていくまりかさん。
草むらの向こうに黄色と黒のロープが張られた入口が見えてきたとき。
「ギャハハハ」
「ばっかおめー、ふざけんなよ!」
「お、ひよってんの?」
建物の中から、耳にこびりつくような笑い声が聞こえてきた。
そして強い光と、ぱしゃぱしゃりという音も、もれてくる。
「……廃墟って、ああいう人たちのたまり場になるっていうよね。帰ろうか」
「だいじょうぶ。あたしが脳みそばんってしちゃえばいいよ!」
しかめた顔に笑みを浮かべるまりかさん。
その顔は凄まじく、本当に魔族に見えた。
「いいから、帰ろう」
僕が手を引くと、まりかさんは大人しくついてきてくれた。
背後からは、ぐすっ、と洟をすする音が聞こえてきた。
そんな悲しい場面なのに、僕は握った手のぬくもりと自分の手汗ばかりが気になっていた。
バスと電車を乗りついでいつもの駅前に戻ってきた僕たちは、まりかさんのリクエストでクレープを食べに行った。
キッチン・カーのクレープ屋さんは、中学生にはつらいお値段設定だったけれど、このときばかりは僕が払った。
「……そっちも一口ちょうだい」
甘いものを食べて、まりかさんの機嫌も戻ってきたようだった。
「さっきの廃墟には何があったの?」
「だから、いい景色が見れるんだって。湖がぜーんぶ見わたせるんだよ」
「いやいや、魔界の鍵に関する何かがあったんじゃないの」
僕がきくと、まりかさんは「あ、えーと」と目をそらした。
「……実は湖が魔界の入口になっていて、屋上から鍵を投げこむと扉が開くんだよ!」
「何で入り口の場所がわかってるの? ネコには逃げられたのに。それに僕らはまだ鍵を持っていないんだけど」
「だから、あの廃墟に鍵が封印されていて、」
「待って、理解が追いつかない。鍵は松ぼっくりからつくるんじゃないの? つくり方は魔導書に書かれてるって」
「もう、細かいことはいいじゃん!」
とうとうまりかさんは地団駄を踏みはじめた。
厚底でアスファルトを踏むと、けっこうな高い音が出る。
周りの注目が集まるのを感じる。
でも、ここはしっかり話をしなければならないところだ。
「まりかさん、ロール・プレイなら設定はちゃんとしないと」
ご令嬢は僕をきっとにらみつけた。
「してるよ! ていうか遊びじゃないから! あたし、ほんとに魔族だもん!」
尻尾と羽を、ぷらぷら、ぱたぱたさせるまりかさん。
「そんなにちゃんとしなくたっていいじゃん。佳くんだって楽しんでたくせに!」
それを言ったらおしまいだよ。
「たしかに楽しかったよ。でもさ、これって気持ちの問題じゃないでしょ。設定なら設定で、ちゃんと整合性をとらないと」
「佳くん、わかってない!」
「いや、僕は理解しようとしてるよ」
「理解とかじゃなくて、『いいね』ってうなずいてくれればいいの!」
「それじゃ議論にならないでしょ」
「もういい、解散だ!」
まりかさんは細い尻尾をぴんっと逆立てて、大股でその場を去っていった。
高台の公園では空に向かってブランコをこいだ。
風を頼りに魔力の源泉を探すらしい。
なるほど。
マンガ喫茶では、鍵のつくり方が書かれた魔導書を探した。
魔導書は裏表紙に闇のサインが入っているからそれとわかるらしい。
なるほど。
でもそれなら裏表紙だけ見ればいいよね。
一冊全部を読む必要はないと思う。
カラオケでは呪文詠唱の練習をした。
なるほど。
アニソンやボーカロイドの曲が魔界では呪文になるんだね。
そんなわけあるか。
ただ単にやりたいことやっているだけだよね。
僕の疑念が伝わってしまったのか、まりかさんは少し焦ったように「とっておきの場所に連れてくよ!」と、遠出を提案してきた。
日曜日。
僕とまりかさんは電車に乗って遠出した。
まりかさんは大きな襟ぐりのお姫さまみたいなワンピースを着ていた。
缶バッチだらけの黒いリュックサック、厚底のバレエ・シューズ。
さすがご令嬢。
おしゃれさんだ。
僕が着ているのなんて小学校のときお母さんが買ってきたトレーナーだというのに。
バスに乗りかえて二十分。
更に歩いて十分。
たどり着いたのは、湖畔の廃墟ホテルだった。
「すごいでしょ! 前に一度下見に来たんだ。屋上からの眺めがすごいんだよ!」
大はしゃぎで廃墟へと駆けていくまりかさん。
草むらの向こうに黄色と黒のロープが張られた入口が見えてきたとき。
「ギャハハハ」
「ばっかおめー、ふざけんなよ!」
「お、ひよってんの?」
建物の中から、耳にこびりつくような笑い声が聞こえてきた。
そして強い光と、ぱしゃぱしゃりという音も、もれてくる。
「……廃墟って、ああいう人たちのたまり場になるっていうよね。帰ろうか」
「だいじょうぶ。あたしが脳みそばんってしちゃえばいいよ!」
しかめた顔に笑みを浮かべるまりかさん。
その顔は凄まじく、本当に魔族に見えた。
「いいから、帰ろう」
僕が手を引くと、まりかさんは大人しくついてきてくれた。
背後からは、ぐすっ、と洟をすする音が聞こえてきた。
そんな悲しい場面なのに、僕は握った手のぬくもりと自分の手汗ばかりが気になっていた。
バスと電車を乗りついでいつもの駅前に戻ってきた僕たちは、まりかさんのリクエストでクレープを食べに行った。
キッチン・カーのクレープ屋さんは、中学生にはつらいお値段設定だったけれど、このときばかりは僕が払った。
「……そっちも一口ちょうだい」
甘いものを食べて、まりかさんの機嫌も戻ってきたようだった。
「さっきの廃墟には何があったの?」
「だから、いい景色が見れるんだって。湖がぜーんぶ見わたせるんだよ」
「いやいや、魔界の鍵に関する何かがあったんじゃないの」
僕がきくと、まりかさんは「あ、えーと」と目をそらした。
「……実は湖が魔界の入口になっていて、屋上から鍵を投げこむと扉が開くんだよ!」
「何で入り口の場所がわかってるの? ネコには逃げられたのに。それに僕らはまだ鍵を持っていないんだけど」
「だから、あの廃墟に鍵が封印されていて、」
「待って、理解が追いつかない。鍵は松ぼっくりからつくるんじゃないの? つくり方は魔導書に書かれてるって」
「もう、細かいことはいいじゃん!」
とうとうまりかさんは地団駄を踏みはじめた。
厚底でアスファルトを踏むと、けっこうな高い音が出る。
周りの注目が集まるのを感じる。
でも、ここはしっかり話をしなければならないところだ。
「まりかさん、ロール・プレイなら設定はちゃんとしないと」
ご令嬢は僕をきっとにらみつけた。
「してるよ! ていうか遊びじゃないから! あたし、ほんとに魔族だもん!」
尻尾と羽を、ぷらぷら、ぱたぱたさせるまりかさん。
「そんなにちゃんとしなくたっていいじゃん。佳くんだって楽しんでたくせに!」
それを言ったらおしまいだよ。
「たしかに楽しかったよ。でもさ、これって気持ちの問題じゃないでしょ。設定なら設定で、ちゃんと整合性をとらないと」
「佳くん、わかってない!」
「いや、僕は理解しようとしてるよ」
「理解とかじゃなくて、『いいね』ってうなずいてくれればいいの!」
「それじゃ議論にならないでしょ」
「もういい、解散だ!」
まりかさんは細い尻尾をぴんっと逆立てて、大股でその場を去っていった。