その日の放課後。

 まりかさんは僕をとあるマンションに連れていった。
 その少し古いマンションは、僕の家の近くにあって、通学路からいつも見えているものだった。

「もしかして、まりかさんってこのマンションに住んでるの?」

「そうだよ。あそこ、四〇四号室」
 と、彼女は廊下の先を指さした。

 古びたマンションのドアは重そうな鉄製で、表情もなく、ただ黙って何かに耐えているようにそこにあった。

 まりかさんは部屋のある四階では立ち止まらず、更に階段を登りつづけた。

 最上階である七階の踊り場の壁からは、Uの字の鉄棒が生えていた。
 僕の頭くらいの高さから天井へ向けてはしご状になっている。

 まりかさんが踊り場の隅に立ったロッカーを開ける。
 中には掃除用具と脚立が入っていた。
 脚立を使ってはしごに取りつき、上まで登る。

 屋上は開放感があった。
 あるのは給水タンクと排気口、室外機、床をはうパイプだけ。
 周りには柵すらなくて、壁ともいえない膝下の出っぱりだけが生えている。

 夕空からカラスが舞いおり、アンテナに止まった。
 他に動くものの気配はない。
 足の下では何十人もの人が生活しているはずなのに、屋上にその気配は伝わってこない。

 まりかさんが屋上の端へ歩いていく。
 遠くに学校が見えた。
 七階建ての屋上からだと、四階建ての学校は少し低く見える。

 傾いた夕陽に向かっていくまりかさん。
 そして端の出っぱりに乗り、外へと足を踏みだした。

「え、ちょっと!」

 重力のほうへと姿を消したまりかさんを追いかけ、下をのぞきこもうとすると。

「わ!」

 まりかさんがにょっと顔を出した。

 「ヒェ」と変な声が出る。

 出っぱりから落ちて尻もちをついてしまう。

「どう! 魔族の力は本物でしょ!」

 ぱたぱたと羽をはばたかせ、まりかさんは空を飛んでいた。
 胸をはり、どや、といわんばかりの顔をしている。

 正直これまでは信じきれないところがあった。
 部屋に先回りしたり、同級生の注目を集めなかったり、まりかさんには不思議な力があるのは本当だと思ってはいたけれど、どうにも実感がないというか、信じきれずにいた。

 でもこうして目の当たりにするとやっぱりちがう。
 視覚情報は暴力だ。
 奇跡を見た瞬間、理屈をすっ飛ばして僕は信じてしまった。

 屋上に舞い戻ってきたまりかさんは、「さ、早く行こ」と出入り口に向かっていった。
 彼女の膝は見ただけでわかるくらい、がくがくと震えていた。

「怖いならやめとけばいいのに」

「うるさいなー。昔は高いところも平気だったの」

 まりかさんは妙な強がりを言いつつ、急いではしごを降りていった。