何枚目を描いているときだったろう。
気がつくとカーテンの外が明るくなっていた。
すき間から覗くと、七月の苛烈な朝日が目を灼いた。
夜型インドア人間には致死量の明るさだ。
「ねえ、綾。あんたいつもこんな生活してたの?」
「うん」
「ひとり暮らしなんてしないで実家にいればよかったのに」
「だってお母さんうるさいんだもん」
「そこまで人生ぶっこめるのはすごいよ」
「そんなことない。天才っていうのは結果だって言ってんじゃん。過程は誰も求めない。不眠不休で命削って十年かけて描かれたものより、動画見ながら三時間で描かれた絵のほうが刺さることだってあるんだから」
「残酷だよね」
「あたしは生まれ持った才能がなかったから全部ぶっこむしかなかった。皮肉だよね。そのぶん人生短くて、結局描ける時間が少なかったんだから」
「……あんたさ、もしかして」
「飲まず食わずで描いてたら、なんか意識失ってて、気づいたら条件法の魔女のところにいた。だから病死っていうか過労死、なのかな?」
「バカ」
「うるさい」
「で、魔女には何を願ったの?」
「なんだと思う?」
「質問に質問で返さないでよ。……まず賞はちがうでしょ。評価もちがうし、絵の技術とかでもない。思いつくのが時間くらいしかないんだよね。時間を戻してっていう願いくらいしか」
「まあ、だいたい正解。あたしが魔女に願ったのは、『もしあたしに勇気があったなら』」
「勇気って、なんの?」
「あんたを殺しにいく勇気」
「バカなの?」
「そしたら魔女のヤツに止められた。『殺すよりもかなえるべき願いがあるだろう。その成就のためならばいくらでも手を貸す』だってさ。アイツ、ひよりすぎなんだよね。それでも魔女かって感じ」
「あんたのほうがよっぽど魔女だよ」
いまさらになってわかった。
魔女が、いや、羽奈がなぜ綾と距離をとっていたのか。
なぜ甲斐甲斐しくわたしを支えてくれたのか。
わたしの味方だという振りをしていたのか。
綾のイラストを見るハメになったのは羽奈のせいだった。
カラオケであいつが綾の絵を見せてきたのが始まりだった。
クラコンで朝までオールした話を綾に教えたのも羽奈だった。
そのせいで綾と朝まで遊ぶハメになった。
なんのことはない。
羽奈は、いや、魔女はずっとわたしに絵を描かせるために動いていたのだった。
「わたしたち、いまあんたの走馬燈のなかにいるんだよね?」
綾にたずねる。
「うん」
「これって、いつまで続くの?」
「今日の夜」
「じゃあ、それまで描いてよっか」
「うん」
「半日あったら何枚描けるかな?」
「何枚描いてもあたしは死ぬけどね」
「うっざ」
回線のこちらと向こうで、小さな笑い声がかさなった。
気がつくとカーテンの外が明るくなっていた。
すき間から覗くと、七月の苛烈な朝日が目を灼いた。
夜型インドア人間には致死量の明るさだ。
「ねえ、綾。あんたいつもこんな生活してたの?」
「うん」
「ひとり暮らしなんてしないで実家にいればよかったのに」
「だってお母さんうるさいんだもん」
「そこまで人生ぶっこめるのはすごいよ」
「そんなことない。天才っていうのは結果だって言ってんじゃん。過程は誰も求めない。不眠不休で命削って十年かけて描かれたものより、動画見ながら三時間で描かれた絵のほうが刺さることだってあるんだから」
「残酷だよね」
「あたしは生まれ持った才能がなかったから全部ぶっこむしかなかった。皮肉だよね。そのぶん人生短くて、結局描ける時間が少なかったんだから」
「……あんたさ、もしかして」
「飲まず食わずで描いてたら、なんか意識失ってて、気づいたら条件法の魔女のところにいた。だから病死っていうか過労死、なのかな?」
「バカ」
「うるさい」
「で、魔女には何を願ったの?」
「なんだと思う?」
「質問に質問で返さないでよ。……まず賞はちがうでしょ。評価もちがうし、絵の技術とかでもない。思いつくのが時間くらいしかないんだよね。時間を戻してっていう願いくらいしか」
「まあ、だいたい正解。あたしが魔女に願ったのは、『もしあたしに勇気があったなら』」
「勇気って、なんの?」
「あんたを殺しにいく勇気」
「バカなの?」
「そしたら魔女のヤツに止められた。『殺すよりもかなえるべき願いがあるだろう。その成就のためならばいくらでも手を貸す』だってさ。アイツ、ひよりすぎなんだよね。それでも魔女かって感じ」
「あんたのほうがよっぽど魔女だよ」
いまさらになってわかった。
魔女が、いや、羽奈がなぜ綾と距離をとっていたのか。
なぜ甲斐甲斐しくわたしを支えてくれたのか。
わたしの味方だという振りをしていたのか。
綾のイラストを見るハメになったのは羽奈のせいだった。
カラオケであいつが綾の絵を見せてきたのが始まりだった。
クラコンで朝までオールした話を綾に教えたのも羽奈だった。
そのせいで綾と朝まで遊ぶハメになった。
なんのことはない。
羽奈は、いや、魔女はずっとわたしに絵を描かせるために動いていたのだった。
「わたしたち、いまあんたの走馬燈のなかにいるんだよね?」
綾にたずねる。
「うん」
「これって、いつまで続くの?」
「今日の夜」
「じゃあ、それまで描いてよっか」
「うん」
「半日あったら何枚描けるかな?」
「何枚描いてもあたしは死ぬけどね」
「うっざ」
回線のこちらと向こうで、小さな笑い声がかさなった。