ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。
無視。
また鳴った。
ムリ。
三回目。
「……るっせー」
脳みそをかき混ぜて思い出す。
何かネットで注文してたっけ?
あ、買ったわ。
出かける前にいろいろポチったんだった。
食料、水、お菓子、その他生活用品。
これは出ないとマズい。
うちのマンション、戸数に比べて宅配ボックスの数が少ない。
油断してるとすぐ埋まって再配達になる。
ヤバい。
いまポストに不在票とか入れられても取りにいけない。
うるさいとかいってすみませんでした。
チャイム鳴らしつづけてください。
あきらめないで。
ベッドから落ちるように出て、壁を這いあがってインターホンを覗く。
カメラに映っていたのは、宅配の人ではなくて、羽奈だった。
「……羽奈? どしたの?」
「どうしたのも何もないよ。一昨日から何も連絡なかったから、心配してきたんだよ!」
「一昨日?」
「星佳ちゃんが三号館に顔だして、すぐ帰っちゃった日」
「うわ、それ一昨日なんだ」
外は明るい。
朝か昼かはわからないけれど。
まる二日寝ていたおかげか、熱っぽさはだいぶ薄れていた。
頭がずきずきと痛むけれど、これは寝起きのせいだろう。
オートロックを開け、しばらく待つと外から足音が聞こえてきた。
ドアを開けると、両手にスーパーのレジ袋を提げた羽奈が立っていた。
「おじゃまします。ほら、いろいろ買ってきたから!」
と、レジ袋を掲げてみせながら、羽奈は靴を脱いで上がりこんできた。
仲よくなって以来、羽奈は何度かうちに泊まったことがある。
勝手知ったるといった風情でずかずかと部屋に踏み入ってくる。
「ゴミだらけ! 臭うし! お掃除とお洗濯するから、はい、星佳ちゃんは経口補水液飲んで、ゼリー飲んで、お風呂入っといて!」
羽奈はわたしにレジ袋をわたし、自分は窓を開けにいった。
カーテンを開けると、外の世界の光が射しこんでくる。
浄化されて消えてしまいそうだ。
そして部屋のヤバさが明るみにさらされる。
そこら中に転がる服、下着、ペットボトル、食べがら。
わたしこんなところで生活してたんだ。
羽奈が開けた窓から、気持ちのいい風が吹きこんでくる。
部屋のなかがまるごと洗われていくようだった。
お風呂に入ると、そのまま眠ってしまいそうだった。
温かくて、体が楽になって、脱衣場からはごうんごうんと洗濯機の回る音がして。
「寝ちゃダメだよ。寝たら死ぬよー」
「ふぁい」
羽奈の柔らかい声がよけいに眠気を誘っていると、本人はわかっているのだろうか。
風呂から出たはいいが、部屋にわたしの居場所はなかった。
シーツを干している間はベッドで眠れないし、部屋のなかは羽奈が片づけをしている。
所在なく、わたしは飲むゼリーを持ってベランダに出た。
よく晴れている。
世界がなんとなく青っぽい。
どうやら朝のようだ。
近くの河原を見おろす。
電線にとまっているカラスと目があう。
ゼリーを飲みながら見つめていると、カラスはおもむろに飛び去っていった。
部屋のなかでは、羽奈が掃除機をかけてくれている。
彼女は家のなかでもずっと薄いピンクのポシェットを肩から提げている。
これはいつものことだ。
羽奈は寝るときもポシェットを手放さない。
大事なものが入っているから、らしい。
中身が何かはきいていない。
きかれたくないことのひとつやふたつ、誰にでもある。
昼食も羽奈がつくってくれた。
氷水でしめたぶっかけうどんは食べやすかった。
わたしは天かすをかけた。
羽奈はすだちをのせていた。
前々から思っていたが、羽奈は見た目と裏腹に生活力が高い。
料理でも家事でも面倒をいとわない。
泊まりに来たときも、いつもしっかりしていた。
わたしはご覧の体たらくだし、意外と三智もひどい。
実家ぐらしだからしかたないか。
しかし料理のセンスが爆発しているのは本人の味覚のせいもあると思う。
「ねえ、羽奈。結婚して」
「あたしより長生きしてくれる?」
「それは、むずかしいなあ」
「星佳ちゃん、不健康だもんね」
行方不明だった体温計は、羽奈が見つけてくれた。
三十七度二分。
まる二日寝ていたとはいえ、まだ微熱が残っている。
午後になってシーツも乾いたので、少し昼寝させてもらうことにした。
「あたし本読んでるから、ゆっくり寝ていいよ」
「いや、夜、眠れなく、なっちゃう、から」
さらさらのシーツと掛け布団の感触に、わたしの意識はあっという間に吸いこまれていった。
無視。
また鳴った。
ムリ。
三回目。
「……るっせー」
脳みそをかき混ぜて思い出す。
何かネットで注文してたっけ?
あ、買ったわ。
出かける前にいろいろポチったんだった。
食料、水、お菓子、その他生活用品。
これは出ないとマズい。
うちのマンション、戸数に比べて宅配ボックスの数が少ない。
油断してるとすぐ埋まって再配達になる。
ヤバい。
いまポストに不在票とか入れられても取りにいけない。
うるさいとかいってすみませんでした。
チャイム鳴らしつづけてください。
あきらめないで。
ベッドから落ちるように出て、壁を這いあがってインターホンを覗く。
カメラに映っていたのは、宅配の人ではなくて、羽奈だった。
「……羽奈? どしたの?」
「どうしたのも何もないよ。一昨日から何も連絡なかったから、心配してきたんだよ!」
「一昨日?」
「星佳ちゃんが三号館に顔だして、すぐ帰っちゃった日」
「うわ、それ一昨日なんだ」
外は明るい。
朝か昼かはわからないけれど。
まる二日寝ていたおかげか、熱っぽさはだいぶ薄れていた。
頭がずきずきと痛むけれど、これは寝起きのせいだろう。
オートロックを開け、しばらく待つと外から足音が聞こえてきた。
ドアを開けると、両手にスーパーのレジ袋を提げた羽奈が立っていた。
「おじゃまします。ほら、いろいろ買ってきたから!」
と、レジ袋を掲げてみせながら、羽奈は靴を脱いで上がりこんできた。
仲よくなって以来、羽奈は何度かうちに泊まったことがある。
勝手知ったるといった風情でずかずかと部屋に踏み入ってくる。
「ゴミだらけ! 臭うし! お掃除とお洗濯するから、はい、星佳ちゃんは経口補水液飲んで、ゼリー飲んで、お風呂入っといて!」
羽奈はわたしにレジ袋をわたし、自分は窓を開けにいった。
カーテンを開けると、外の世界の光が射しこんでくる。
浄化されて消えてしまいそうだ。
そして部屋のヤバさが明るみにさらされる。
そこら中に転がる服、下着、ペットボトル、食べがら。
わたしこんなところで生活してたんだ。
羽奈が開けた窓から、気持ちのいい風が吹きこんでくる。
部屋のなかがまるごと洗われていくようだった。
お風呂に入ると、そのまま眠ってしまいそうだった。
温かくて、体が楽になって、脱衣場からはごうんごうんと洗濯機の回る音がして。
「寝ちゃダメだよ。寝たら死ぬよー」
「ふぁい」
羽奈の柔らかい声がよけいに眠気を誘っていると、本人はわかっているのだろうか。
風呂から出たはいいが、部屋にわたしの居場所はなかった。
シーツを干している間はベッドで眠れないし、部屋のなかは羽奈が片づけをしている。
所在なく、わたしは飲むゼリーを持ってベランダに出た。
よく晴れている。
世界がなんとなく青っぽい。
どうやら朝のようだ。
近くの河原を見おろす。
電線にとまっているカラスと目があう。
ゼリーを飲みながら見つめていると、カラスはおもむろに飛び去っていった。
部屋のなかでは、羽奈が掃除機をかけてくれている。
彼女は家のなかでもずっと薄いピンクのポシェットを肩から提げている。
これはいつものことだ。
羽奈は寝るときもポシェットを手放さない。
大事なものが入っているから、らしい。
中身が何かはきいていない。
きかれたくないことのひとつやふたつ、誰にでもある。
昼食も羽奈がつくってくれた。
氷水でしめたぶっかけうどんは食べやすかった。
わたしは天かすをかけた。
羽奈はすだちをのせていた。
前々から思っていたが、羽奈は見た目と裏腹に生活力が高い。
料理でも家事でも面倒をいとわない。
泊まりに来たときも、いつもしっかりしていた。
わたしはご覧の体たらくだし、意外と三智もひどい。
実家ぐらしだからしかたないか。
しかし料理のセンスが爆発しているのは本人の味覚のせいもあると思う。
「ねえ、羽奈。結婚して」
「あたしより長生きしてくれる?」
「それは、むずかしいなあ」
「星佳ちゃん、不健康だもんね」
行方不明だった体温計は、羽奈が見つけてくれた。
三十七度二分。
まる二日寝ていたとはいえ、まだ微熱が残っている。
午後になってシーツも乾いたので、少し昼寝させてもらうことにした。
「あたし本読んでるから、ゆっくり寝ていいよ」
「いや、夜、眠れなく、なっちゃう、から」
さらさらのシーツと掛け布団の感触に、わたしの意識はあっという間に吸いこまれていった。