放課後。
 僕たちは昇降口で待ち合わせをして、いっしょに学校を出た。

「今日はどこに行くの?」

 まりかさんは、スキップでも踏みだしそうなくらい浮かれていた。

「今日は世界を滅ぼすためのお勉強をしにいきます。魔族のご令嬢なら知識と教養は身につけておかないとね」

「おー。お願いします、先生!」

 正直そんなに期待しないでほしい。

 バスに乗って向かった先は博物館。

 ここは市立の博物館。
 小さいけれど、年代順にいろいろな展示がされている、とても楽しい施設だ。
 少なくとも僕にとっては。

 聞いてみると、まりかさんも小学校のとき、社会科見学で来たことがあったという。
 ただ、何を見たかは全然記憶に残っていないそうだ。

 古代のコーナーでは、市内の遺跡から発掘された骨や石器が展示されていた。

「……これ、滅活に関係ある?」

 首をかしげるまりかさん。まあ、そうなるよね。

「姫、これらはかつて世界をおそった大災厄以前の遺物、魔物の骨でございます」

 僕が解説を始めると、まりか姫は「おー」と小さく歓声をあげた。

「大災厄以前、地上は魔界の属領でございました。魔族と魔物が闊歩する地であったのです。しかし魔族というのは互いに相争うが常。地上で勃発した戦争でもちいられた禁忌の魔法により世界は滅びの秋をむかえたのです」

「どんな魔法が使われたの?」

「えー。元素を分裂させる魔法と、元素を融合させる魔法でございます。それらがぶつかりあって、対消滅したのです。元素は魔族や魔物の生命力の源です。対消滅により発生した反元素を浴びた魔のものたちは、ことごとく生命を失いました」

「……なるほど!」
 顔いっぱいにはてなマークを浮かべたまま、勢いで乗り切ろうとする魔族のご令嬢。

「まりかさん、わかってないよね?」

「わかってるって! いいね!」
 と、まりかさんは両手でサムズ・アップをしてみせた。

 いやそれ絶対わかっていないやつだよね。

 『わかる』。

 『いいね』。

 僕とまりかさんは同じ言葉をつかっている。

 でもそれは発音が同じだけの異邦の言葉のように、きっと意味がちがっている。

「で、これが魔物の骨なんだよね! 魔族の骨はないの?」

 とはいえだ。
 目を輝かせているまりかさんを見ていると、そんなことはどうでもよく思えてくる。

「……えーと、魔族は誇り高い種族です。自らの亡骸を野に晒したりはしません。最期の力で自らの身体を消滅させました。そうした力を持たぬ魔物だけがこうして惨めに骨を残し、人の目に晒されているのです」

「へー、なるほど! ……ところでナキガラをノニサラシタリってどういうこと?」

「死体をそのへんに残さないってことだよ」

 そのあとは時代を追って展示室を移動していった。

 中世の古戦場の展示では戦について学んだ。
 世界を滅ぼすためには戦は避けられない。
 魔族の軍を指揮するお姫さまには、鶴翼の陣とか魚鱗の陣とか、崖のうえに布の橋をつくって敵をだます策だとかを学んでいただいた。

「佳くんを我が軍の軍師に任命します!」

 いまの僕は軍師というより執事に近いなあとは思ったが、せっかくのご指名なので「ははー」とありがたく拝命しておいた。

 近世や近代の展示では、商業や工業について魔術をからめた設定を語ろうと考えていたけれど、だんだんまりかさんが疲れてきたようだったので、この日はそこまでにしておいた。
 慣れない場所で新しい刺激を受けつづけると、疲れちゃうよね。

 帰りにはバスで駅前まで出て、ファミレスでパフェを食べた。
 僕もまりかさんも脳みそがお疲れで、とにかく甘いものが食べたかったから。



 別の日には科学館に行った。

 科学館にはおもちゃみたいな展示がたくさんあった。
 いろいろな糸の長さの振り子を並べた展示、ハンドルを回して滑車やカムを動かす展示、ドップラー効果を体験する展示、顕微鏡やデジタル・スコープで生きものを観察する展示、プラネタリウム、楽器のシミュレータ、バイクのシミュレータなど、おもちゃというかゲームに近い展示まで、もう何時間も遊べるくらいにいろいろあった。

 本当はここでも魔法や魔術といった設定を用意していたけれど、そんなものが必要ないくらい、僕たちは夢中になって遊んだ。

 まりかさんはゾートロープが特にお気に入りのようだった。
 ゾートロープとは、原始的な動画再生装置みたいなものだ。
 二重の円筒から成っていて、外側の筒の側面にはスリットが開けられている。
 内側の円筒には連続写真のように静止画が並べて描かれている。
 外側の円筒を回してスリットからのぞきこむと、中の絵が動いて見えるというしかけだ。

「なんかこれ、走馬燈みたいだよね」
 まりかさんは走る馬の絵を見ながらそうつぶやいた。

 また別の日にはゲーム・センターに行った。
 反射神経をきたえるために音ゲーで勝負し、戦闘訓練という名目でロボットゲーや格ゲーで対戦をした。

「じい、弱いな!」

「姫さまに教えることはもうございません……」

 いつの間にか軍師からじいやに降格(?)させられるくらい、僕とまりかさんの間には腕前の差があった。
 僕もゲームは嫌いなほうじゃないけれど、まりかさんの年季の入りかたは半端なものではなかった。

 他には本屋さんや図書館に行った。
 黄金の夜明け団や薔薇十字団の魔術に関する本を立ち読みしたが、これはむずかしすぎた。
 まりかさんにも僕にもちんぷんかんぷんで、二人して顔中に「?」を並べるはめになった。

 占いグッズのお店では、並べられた怪しいグッズの数々にでっち上げの来歴をつけて遊んだ。
 長居しすぎてお店のお婆さんに「冷やかしは帰んな」と怒られた。
 逃げだしたあと、あのお婆さんは本物の魔女かもしれないとうなずきあった。

 まりかさんのリクエストで、何度かはうちでも遊んだ。

 僕の部屋に広げたレゴの世界で僕たちは世界滅亡のシミュレーションをした。
 淳くんと遊んで以来ずっとそのままとってあった世界を、数年ぶりに滅ぼした。

 一回だけじゃない。僕たちは滅亡を何度も繰りかえした。
 マンガやアニメ、ゲーム、小説に映画。
 あらゆる物語から借りてきた設定を並べたて、つくって、滅ぼして、つくって、滅ぼして、世界の美しさをかみしめた。

 お母さんやお祖母ちゃんが飲みものやお菓子を持ってくると、まりかさんは正座をして「お邪魔しています」とか「いつもすみません」とか礼儀正しく振るまった。

「魔族のご令嬢が、まるで人間の女の子みたいだ」

「うるさい。魔族は礼儀をわきまえてるの!」

 からかうと、まりかさんはぷいっとそっぽを向いた。
 人間みたい、というより借りてきたネコのようだった。

 うちには遊びに来たけれど、まりかさんの家には一度も行かなかった。
 マンションまで行ったのも、屋上へのぼったあのときだけだった。
 まりかさんが誘わなかったので、僕も行きたいとは言わなかった。