ただでさえ壊れかけた僕の常識を、麻布まりかさんは更にぶち壊しにかかってきた。

 授業中には視界の端に麻布さんが映る。
 椅子のすき間からとび出た細い尻尾がひらひらと揺れているのがどうしても気になる。

 休み時間になると、麻布さんは僕の席へと歩いてきた。
 僕は逃げだして、授業が始まるまでトイレにこもり、たすけてくださいと神に祈った。

 次の授業中、麻布さんはなんの前触れもなく教室を出ていった。
 しばらくして戻ってきた麻布さんは、コンビニの袋から菓子パンを取りだし、ぱくぱくと食べはじめた。
 先生は気にせず授業を続けていた。

 昼休みにはトイレのドアをノックされた。
「出てますかー?」
「入ってますよ!」
 魔族女子には、男子トイレに入ってはいけませんという常識がないようだった。

 放課後。
 帰りの会が終わるやいなや、僕はカバンを引っつかんで教室から駆けだした。

 昇降口に着いたそのとき。

「わ!」

 げた箱の陰から、麻布さんが飛びだしてきた。
 情けなく「ヒェ」と声をだした僕を見て、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「いっしょに世界を滅ぼそう!」
 元気よく「おー」と拳をつきあげる麻布さん。

「なんで僕を誘うんだ!」

「だって佳くん、世界を滅ぼしたいんでしょ?」

「何を根拠にそう思ったの?」

 というかなぜ下の名前で僕を呼ぶんだ。
 そんなこと、これまで一度だってなかったのに。

 麻布さんは「えーと」とつぶやきながらスマホを取りだし、たぷたぷと操作した。
 僕の隣に移動して、画面が見えるようにしてくれる。

「ほらこれ! このツイート佳くんのだよね?」

 画面にはたしかに『玖保ミサ』というアカウント名が表示されていた。
 ツイートの文面にも見覚えがある。

『滅びは美しい。滅びに直面したとき、人は初めて分裂していたペルソナを統合し真の自己同一性を獲得する。滅びという絶対的な神を前に人は相対性を失い平等となる。滅びというコンテクストを共有した人たちは理解しあえるようになる。滅び自体が美しいのではない。滅びが生む世界が美しいのだ』

 血の気が引いていくのを感じる。

 アカウントが特定されている。
 僕の個人情報がやばい!

「これ見てあたし感動したんだよね。わかるーって! めっちゃ『いいね』した。なんで一人一回しか『いいね』できないんだろうね? こういうとこ不便。何回『いいね』したっていいじゃんね」

 麻布さんがそうしてスマホを見ているすきに、僕はこっそり下靴にはきかえ、昇降口から全力ダッシュで逃げだした。