佐久間の案内で近所のコンビニへ向かう。
県道沿いにある大きな店舗で、雑誌コーナーの奥には広いイートイン・スペースが設けられていた。
店に入った瞬間、レジのなかにいた店員のおじさんが「いらっしゃいま、せ」とあいさつの声をつまらせた。
そして店員さんはレジの下に手をのばした。
聞いたことがあった。
強盗対策のため、レジの下には緊急通報ボタンがあると。
「マスター、ホット・コーヒーを三杯いただこう!」
と、すかさず怪盗さんがレジに向かって大声をはりあげた。
店員さんは一瞬表情を失ったあと、はっと我にかえり「か、かしこまりました」と紙コップを準備した。
「……わたくしは何をしているのだろう」
俺のとなりで、怪盗さんは自分の人生に疑問をいだいていた。
レジの横で淹れたコーヒーを手に、イートイン・スペースへ。
「わたくしは奥で採点をする。キミたちは少しはなれていなさい」
採点に集中するためなのか、それともひと目を避けてなのか。
怪盗さんは一番奥の席に陣どり、テーブルのうえに正答、採点表、俺と佐久間の解答用紙を広げた。
「あの怪盗さんは、夏焼くんの友人なんだよね?」
コーヒーを音もなく飲みながら、となりに座る佐久間がそうきいてくる。
「ああ、親友だよ。しかしよくあの人が怪盗だってわかったな」
「見ればわかる。むしろそれ以外の何に見えるというの」
「ごもっともで」
まだこれだけ話しただけなのに、もう中学三年間でかわした会話の量を超えている。
それだけ、俺たちは没交渉のままライバルを続けてきていた。
「それにしても、ふふ、いま、怪盗がテストの解答を採点しているね」
と、佐久間は口もとをおさえて笑った。
「そこ、静かにしなさい」
耳ざとい解答さん、じゃない、怪盗さんが赤ペンで佐久間をさして注意する。
「はい、怪盗先生」
佐久間は小さく手を挙げてそうこたえた。
知らなかった。
こいつ、意外と愉快な性格をしている。
「佐久間、けっこうふざけたりするんだな。笑いのハードルは膝下だけど」
「よくいわれるよ。センスが小学生とか、情緒が小学生とか。自分でも自覚はある」
手に持ったコーヒーを飲みきる佐久間。
「あとは味覚が小学生とかもね。なんで大人はこんな苦くてくさい汚水を好きこのんで飲むんだろう?」
「うそだろ。佐久間、コーヒーとかめっちゃ好きそうなのに」
「コーヒーとミルクの黄金比はゼロ対一〇〇だと思っている」
「それはただの牛乳なんだよなあ」
佐久間は「そうだね」とくすくす笑った。
知らなかった。
佐久間がこんなことで、こんなふうに笑うなんて。
そして、話していてこんなに楽しくて、リラックスできるなんて。
「しかし夏焼くん。制服姿だけど、今日は走らないの?」
「そうだな。本当なら今日も走ってるはずだったんだけど」
と、そこまでこたえてふと疑問をいだいた。
「なんで俺が毎朝走ってるなんて知ってるんだ?」
「人伝にきいた。朝走るとそのあと頭が冴えるというのは、たしかにそうだね。わたしもやってみて実感したよ。血中酸素が減ると、思考が研ぎすまされる気がする」
意外だった。
佐久間が俺の習慣をまねていただなんて。
「採点が終わったぞ」
奥の席で、怪盗さんが立ちあがった。
「名前を呼ばれた者から順にとりにくるように。まずは佐久間三智」
「はい」
いつも教室で行われるテスト返却のときのように、佐久間は席を立って怪盗先生のもとへ歩いていった。
そして解答用紙を受けとった佐久間は、その右上あたりを一瞥すると、そっと目を閉じた。
「夏焼宏樹」
「はい」
名を呼ばれ、立ちあがる。
イートイン・スペースの奥へ向かう。
不思議だった。
不思議なくらい、落ちついていた。
テスト期間はあれだけ気合いをみなぎらせ、採点が遅れるときいて煩悶し、計算ミスに気づいて全力で駆けだして、夜の学校に忍びこんで冒険を繰りひろげてきたというのに。
怪盗先生から解答用紙を受けとる。
その右上には、予想どおりの点数が記されていた。
九十八点。
満点から、例の計算ミスのぶんだけ引かれた点数だ。
「夏焼くん、何点だった?」
「ん」
俺が解答用紙を見せると、佐久間は目を見開いた。
「……ああああああああああああああ!」
そしてさけんだ。
「って、おい!」
「落ちつけ。静かにしなさい!」
俺と怪盗さんがあわてて止めようとするが、佐久間は頭を抱えて「そんな!」と声をあげる。
レジのほうをうかがう。
やっぱりだ。
店員さんがそわそわとこちらをうかがっている。
「すんません! なんでもないです!」
ぺこぺこ頭をさげるが、店員さんの不安そうな表情は消えない。
しかたなく、俺たちは佐久間をつれて店を出ることにした。
県道沿いにある大きな店舗で、雑誌コーナーの奥には広いイートイン・スペースが設けられていた。
店に入った瞬間、レジのなかにいた店員のおじさんが「いらっしゃいま、せ」とあいさつの声をつまらせた。
そして店員さんはレジの下に手をのばした。
聞いたことがあった。
強盗対策のため、レジの下には緊急通報ボタンがあると。
「マスター、ホット・コーヒーを三杯いただこう!」
と、すかさず怪盗さんがレジに向かって大声をはりあげた。
店員さんは一瞬表情を失ったあと、はっと我にかえり「か、かしこまりました」と紙コップを準備した。
「……わたくしは何をしているのだろう」
俺のとなりで、怪盗さんは自分の人生に疑問をいだいていた。
レジの横で淹れたコーヒーを手に、イートイン・スペースへ。
「わたくしは奥で採点をする。キミたちは少しはなれていなさい」
採点に集中するためなのか、それともひと目を避けてなのか。
怪盗さんは一番奥の席に陣どり、テーブルのうえに正答、採点表、俺と佐久間の解答用紙を広げた。
「あの怪盗さんは、夏焼くんの友人なんだよね?」
コーヒーを音もなく飲みながら、となりに座る佐久間がそうきいてくる。
「ああ、親友だよ。しかしよくあの人が怪盗だってわかったな」
「見ればわかる。むしろそれ以外の何に見えるというの」
「ごもっともで」
まだこれだけ話しただけなのに、もう中学三年間でかわした会話の量を超えている。
それだけ、俺たちは没交渉のままライバルを続けてきていた。
「それにしても、ふふ、いま、怪盗がテストの解答を採点しているね」
と、佐久間は口もとをおさえて笑った。
「そこ、静かにしなさい」
耳ざとい解答さん、じゃない、怪盗さんが赤ペンで佐久間をさして注意する。
「はい、怪盗先生」
佐久間は小さく手を挙げてそうこたえた。
知らなかった。
こいつ、意外と愉快な性格をしている。
「佐久間、けっこうふざけたりするんだな。笑いのハードルは膝下だけど」
「よくいわれるよ。センスが小学生とか、情緒が小学生とか。自分でも自覚はある」
手に持ったコーヒーを飲みきる佐久間。
「あとは味覚が小学生とかもね。なんで大人はこんな苦くてくさい汚水を好きこのんで飲むんだろう?」
「うそだろ。佐久間、コーヒーとかめっちゃ好きそうなのに」
「コーヒーとミルクの黄金比はゼロ対一〇〇だと思っている」
「それはただの牛乳なんだよなあ」
佐久間は「そうだね」とくすくす笑った。
知らなかった。
佐久間がこんなことで、こんなふうに笑うなんて。
そして、話していてこんなに楽しくて、リラックスできるなんて。
「しかし夏焼くん。制服姿だけど、今日は走らないの?」
「そうだな。本当なら今日も走ってるはずだったんだけど」
と、そこまでこたえてふと疑問をいだいた。
「なんで俺が毎朝走ってるなんて知ってるんだ?」
「人伝にきいた。朝走るとそのあと頭が冴えるというのは、たしかにそうだね。わたしもやってみて実感したよ。血中酸素が減ると、思考が研ぎすまされる気がする」
意外だった。
佐久間が俺の習慣をまねていただなんて。
「採点が終わったぞ」
奥の席で、怪盗さんが立ちあがった。
「名前を呼ばれた者から順にとりにくるように。まずは佐久間三智」
「はい」
いつも教室で行われるテスト返却のときのように、佐久間は席を立って怪盗先生のもとへ歩いていった。
そして解答用紙を受けとった佐久間は、その右上あたりを一瞥すると、そっと目を閉じた。
「夏焼宏樹」
「はい」
名を呼ばれ、立ちあがる。
イートイン・スペースの奥へ向かう。
不思議だった。
不思議なくらい、落ちついていた。
テスト期間はあれだけ気合いをみなぎらせ、採点が遅れるときいて煩悶し、計算ミスに気づいて全力で駆けだして、夜の学校に忍びこんで冒険を繰りひろげてきたというのに。
怪盗先生から解答用紙を受けとる。
その右上には、予想どおりの点数が記されていた。
九十八点。
満点から、例の計算ミスのぶんだけ引かれた点数だ。
「夏焼くん、何点だった?」
「ん」
俺が解答用紙を見せると、佐久間は目を見開いた。
「……ああああああああああああああ!」
そしてさけんだ。
「って、おい!」
「落ちつけ。静かにしなさい!」
俺と怪盗さんがあわてて止めようとするが、佐久間は頭を抱えて「そんな!」と声をあげる。
レジのほうをうかがう。
やっぱりだ。
店員さんがそわそわとこちらをうかがっている。
「すんません! なんでもないです!」
ぺこぺこ頭をさげるが、店員さんの不安そうな表情は消えない。
しかたなく、俺たちは佐久間をつれて店を出ることにした。