決着をつけにいく。

 それはいい。
 でもどうやって?

 今日は平日だ。
 朝まで待てば佐久間は登校する。
 学校で確実に会える。

 しかしそれではもう遅い。
 俺が交通事故にあったのは、登校前の早朝、ランニングをしているときだ。

 走馬燈は早朝のうちに終わってしまう。
 それまでに佐久間と会って、解答を採点して、勝負をつけないといけない。

「考えてみると俺、佐久間の連絡先なんて知らないんすよね。佳なら……クラスの友だちなら知ってるかもですけど、あいつ夜型だからこの時間に起きている可能性はゼロだし、電話をかけたくらいじゃ起きないだろうし」

 考えてみれば、別に佐久間と会う必要はないのだ。
 もちろん、最期の勝負は面と向かっての対決で決着をつけたいとは思う。
 が、どちらが勝ったかは、怪盗さんが採点さえしてくれればわかる。
 もうそれでいいかなと、俺は思い始めている。

「そのあたりは織りこみ済みだ。佐久間三智の家は調べてある。行くぞ」

 俺の泣き言を蹴ちらすように、怪盗さんは自信満々にマントを翻して歩きだした。

「さすがっすね」

 それだけこたえ、あとをついていく。

「さっきから如何した。眠くなったか?」

 横目に俺を見てたずねてくる怪盗さん。

「いえ。不思議なくらい眠気はないっす。どうしてですか?」

「減らず口が減っているからな。疲れたか」

「そりゃ疲れてはいますけど」

 少しずつ明るくなっていく東の空。
 少しずつ降りていく時計の短針。

 走馬燈の終わりが近づいている。
 勝負はまだこれからだというのに、なんだろう、もうやり終えた感がある。

 今日は雲ひとつない晴天で、ときどき風が吹いている。
 放射冷却と風のせいか、あれだけ熱かった血が冷めている。

「佐久間家は学校から近い。あと五分も歩けばもうつく」

 ななめ前を歩く怪盗さんがそう告げる。

 それから俺たちは言葉をかわさずに歩きつづけた。

「ここだ」

 怪盗さんが指さしたのは、モダンで広い、立派な一軒家だった。

 そういえば佳が言っていた。
 佐久間のお父さんは弁護士で、お母さんは大学の先生だと。

 さて、どうやって佐久間を呼びだそう。
 ……まあ、チャイムを鳴らせばいいか。

「待て」

 門柱のインターホンに伸ばした手を、怪盗さんがつかむ。

「佐久間三智の両親が出てきたらどうする。なんと説明する気だ?」

「怪しまれるとは思いますけど、別にどう思われてもよくないっすか?」

「不審がられるだけならよいが、最悪、佐久間三智を出してくれない可能性もある」

「そりゃそうですけど」

 俺が腕から力を抜くと、怪盗さんはつかんでいた手をそっとはなした。

「自棄になるな」

「なっていませんよ」

 ヤケクソになっているという自覚はない。
 ただ少しつかれていて……考えるのが億劫ではある。

「しばし待て。佐久間三智は毎朝家の周りを走っている。そろそろ出てくるはずだ」

 俺と同じ習慣を持っているのか。
 きっと偶然ではない。
 朝のランニングは合理的な選択だ。
 勉強に真剣にとりくんでいるなら、誰もが自然とそこにいきつく。

「……ふと思ったんすけど、怪盗さんのその格好はマズくないすか?」

 タキシードにマント、シルクハットと全身真っ白な正装。
 顔にはモノクル。
 手には桜の枝。

「朝っぱらから家の前に不審者がいたら、一瞬でドア閉められて即通報ですよ」

「たしかに。ではわたくしは少しはなれて、」
 と、怪盗さんが踵をかえした瞬間。

 玄関のドアが開き、なかから佐久間が出てきた。

 タイトなウインド・ブレーカー、ショート・パンツにレギンス。
 メガネはかけていないので、いまはコンタクトだろうか。
 とにかく、どこからどう見ても、これからランニングにいこうという格好だった。

 佐久間はストレッチをしながら門のほうへ歩いてくる。

「おや、夏焼くんか。そちらはお友だちかな? おはようございます。それでは」

 門扉を開け、俺と怪盗さんにあいさつをした佐久間は、そのまま走りだした。

「いや待て! その反応はおかしいだろ!」

 立ち止まった佐久間が、怪訝そうな顔でふりかえる。

「ちゃんとあいさつしたでしょう」

「そうじゃなくて! なんでこんな朝っぱらから家のまえにいるのとか、なんでこんな朝っぱらから全身まっ白なタキシード姿の不審者がいるのとか!」

「夏焼くんならやりかねないかなと思って」

「なんだよその妙な信用!」

 知らなかった。佐久間って意外と……。

「佐久間三智だな」

 いまさら隠れるのはムリだと悟ったか、怪盗さんが会話にわりこんでくる。

「キミのことは夏焼宏樹からきいている。少し時間をもらえるだろうか?」

「何かご用ですか?」

 佐久間は怪盗さんと俺に目を向け、そうたずねてきた。

「……勝負の決着をつけにきたんだ」

 俺がそうこたえると、佐久間はぴくりと眉を動かして。

「わかった」
 とうなずいた。