がしゃんと鉄の門が音をたてた。

「よっと」

 門のうえからとび降りて、アスファルトの道路に着地。
 これで無事学校からは脱出だ。

 門柱のうえから俺を見ている監視カメラに手をふる。
 どうせ最期だ。
 いまさら何も怖くない。

「はっ」
 一足とびに門をとび越える怪盗さん。

「とんでもない筋力っすね。人間離れしてるというか」

「誰のせいだ、誰の」

 顔をしかめる怪盗さんと二人、小走りで門からはなれる。

 俺の手には学年末テストの正答をはさんだクリアファイルがある。
 俺たちは無事目標を達成したのだった。

「まさかあんな解決法があるとは……。さすがっすよ、怪盗さん」

「わたくしも自分で自分に驚いておるよ。力業にもほどがある」

 条件法の魔女は、短冊に書かれた願いをかなえる力を持つ。
 書かれた願いは、魔女さんの解釈しだいでどうとでも読みとれるらしい。
 たとえば俺の書いた『怪盗の親友がほしい』という願いを読み、魔女さんは自分自身が怪盗になることを選んだが、文字どおり怪盗を連れてきて俺の親友にすることもできたし、逆に俺の親友を怪盗にすることもできた。

 そして今回、魔女さんは俺の願いをめちゃくちゃに曲解した。
 『怪盗』という言葉を『怪力を持った盗人、略して怪盗』と読みかえた。

 そんなむちゃな。
 でも、やってみたらできてしまった。
 金庫の扉を、溶けたチョコレートのように曲げる魔女さんを見て、いまさらながらにこれが現実ではないんだなと思い知った。

 そうして怪力となってしまった怪盗さんは、強すぎる力を持てあますようになった。
 職員室から脱出しようとしたら、ふれただけで窓ガラスが粉々になった。
 窓枠をとび越えようとしたら、グラウンドのまんなかまで飛んでいった。
 それでもしだいに力の扱い方に慣れたようで、校門は華麗にとび越えていた。

 何度か交差点をまがり、学校が視界にうつらなくなる。

「さすがにもうよかろう」
 と、怪盗さんが歩調をゆるめる。

 真夜中はすぎ、夜明けまえと呼べるくらいの時間になってきた。
 こころなしか空の端が明るくなりはじめている。

 いま俺の手もとには求めていたものがすべてある。
 正答例、配点表、そして解答用紙だ。

 金庫のなかには三つがまとめて保管されていた。
 解答用紙が手に入ったのは本当にありがたい。
 もちろん解答はすべて覚えているし、自分の問題用紙にも書いている。
 が、写しまちがいの可能性は否定しきれない。
 しっかり採点して勝負をつけるなら、解答用紙があるに越したことはない。

 俺は金庫のなかの紙束から、俺と佐久間三智の解答用紙を抜きだして持ってきた。
 これだけあれば、思う存分勝負の決着がつけられる。

「しかし、まさか本当にまちがえているとは……」

 どうしても気になり、俺は自分の解答だけ先に見てしまった。
 記憶による自己採点の結果は正しかった。
 やはり俺はささいな計算ミスをしていた。

 このミスのせいで俺は死んだ。
 そう思うと、いろいろな意味でため息が出た。

「いまなら解答をなおしても誰にもばれぬぞ」

 いたずらを思いついた、という顔で怪盗さんがそそのかしてくる。

 正直にいおう。
 一瞬それも考えた。

 どうせ最期だ。
 そしてこれは反実仮想。
 何をしても現実の誰にも迷惑はかからない。

「……やめときます。勝負は自分の全部でするもの。過ちもふくめて俺自身ですから」

「そうこたえると信じていたよ、わが親友」

 と、怪盗さんは俺の背中を軽く叩こうとして、直前で思いとどまってくれた。

「自分の怪力わかってます? いま肩叩かれてたら、俺粉砕されてましたよ!」

「すまぬ。失念しておった」

 小声で「あやうく人を殺めるところであった」とつぶやく怪盗さん。

「思ったんすけど、最初からこの力を使って壁も金庫もぶち破ってたら、警備員が来るまえに目的達成できてましたね」

「わたくしもそう思っていたところだ」

「どうせ最期だし、どんだけ校舎を壊しても現実には関係ないんだし、やっとけばよかったかな」

 どうせ最期。

 そう。
 どうせ最期。

 いまさら何をしても、俺はもう死んでいるし、現実にはなんの影響もあたえられない。
 勝負だって、決着だって、いってしまえば全部あとの祭りなわけで。

「……さあ、決着をつけにいきましょう!」

 俺は、腹のそこからひねり出した元気な声で、そう宣言した。