夜空に背を向け、いざ降下を開始する。

 屋上の水平面から足を離し、ザイルに体重をかけると、今夜は意外と風が吹いているということに気づかされた。
 平らな場所に立っているときは気にもならなかったが、いまはちがう。
 ほんの少しの風がダイレクトにつたわってくる。

 怪盗さんの指示どおりにザイルとATC、カラビナを操作する。
 事前の演習でなんとなく理屈は理解したつもりだったけれど、いざ本番となると全然頭がまわらない。

「むずかしく考えるな。わたくしの指示したとおり、ひとつひとつ手順をふめばよい」

 とのことだったので、俺は考えるのをやめて、とにかく言われたことをする、そして言われていないことをしないようにした。

 校舎の壁を後ろ歩きするように降りていく。
 四階の窓まではすぐだった。準備と説明のほうが何倍も長かった。

「怪盗さーん。この窓を蹴やぶればいいんですよねー?」

「誰がそんな指示をだした! 言われていないことをするな!」

 屋上から怒声がひびきわたってくる。

 風があるので、大きな声をださないと聞きとりにくい。
 怪盗さんもたいへんだ。

「その窓は施錠されていない。いいからそこで待て!」

「じゃあ俺、なか入ってますよ」

「待て! 窓にはセンサーが、」

 窓ガラスを開けた瞬間、耳をつんざくような音がなった。

「うええええ?」

「いいから、なかに入ってザイルとハーネスを外せ!」

 ぱーふぉん、ぱーふぉん、と心臓を高ぶらせる音がひびきわたる。
 学校が泣きわめいているようだ。

 四階の廊下に転がりこみ、大急ぎで自分に巻きついた装備たちを外していく。
 誰だこんなに固くむすんだやつは!

 そして身柄が自由になり、立ち上がった瞬間。
 窓の外が暗くなった。

 白い影が近づいてきて……ド派手に割れる窓ガラス。

 革靴で窓を蹴破った怪盗さんは、鮮やかな一回転半ひねりを決めて着地した。

「すげえ。俺もそれやりたかった!」

 怪盗さんは、きっと俺を見すえ、それからすぐに駆けだした。
 俺もその白い背中を追う。

「このたわけ! センサーを切らず窓を開けるやつがあるか!」

「ここにいました。すんません!」

「それでも学年二位か!」

「成績と地頭のよさは別です!」

 そうして俺たちは、もう遠慮することもなく大声で叫びながら真っ暗な廊下を走っていった。