***
「くっそ!」
掲示板前のガラスを両手でなぐると、がしゃんと不穏な音がした。
二学期の期末テストの結果が貼りだされた日。
俺は友だちとその結果を見に職員室の外までやってきていた。
ここまで見に来ているのは俺たち二人だけだった。
わざわざ下靴に履きかえて、外まで見に来るやつはそうそういない。
順位表は教室前の廊下にも貼りだされる。
みんなそっちを見ているはずだ。
「あんまり強くたたくと割れちゃうよ」
と、佳は俺の肩に手を置いた。
水窪佳は、高校になってからつるむようになった友だちだ。
中学のときはずっと別々のクラスだったこともあって、ほとんど話したことがなかった。
佳はもの静かだが、話してみるとおもしろいヤツだった。
実のところ、掲示板に来るまえから結果は知っていた。
テスト返却が終わったあと、先生が順位についてふれていたからだ。
それでも敢えて掲示板を見にきたのは、この屈辱を胸にきざみ忘れないようにするため。
ひと気のない職員室まえまできたのも、思いっきり悔しがるためだ。
「佐久間さんは、ずっと定位置から動かないね。泰山北斗みたいだ」
佳はときどき変な言葉をつかう。
成績は上の中くらい。
トップではないけれど、学校の勉強とはちがう世界を持っている。
順位と点数の世界に生きている俺とはちがう人種で、だからこそ仲よくできているのかもしれない。
佳は、中学三年のとき佐久間と同じクラスだったという。
佳もそうだが佐久間も孤独をいとわないタイプだ。
最初はまったくの相互不干渉だったが、秋ごろからぽつぽつとしゃべるようになったらしい。
佐久間は弁護士の父と大学教員の母との間に生まれ育った。
呼吸をするのと同じレベルで勉強が習慣として身についている。
将来のキャリアを築くためにも勉強は続けて損はない。
そんな習慣と価値観の持ち主、それが佐久間三智である。
佳から佐久間のそうした話をきいて、俺はやべーヤツに挑もうとしてるんだなと思った。
生きる=勉強みたいなマシーンにどう勝てというんだ。
答えは簡単。
呼吸より勉強を優先すればいい。
「今回の敗因はあきらかだ。俺は呼吸をがまんできなかった……!」
「宏樹くんを見ていると、勉強しすぎるとバカになるって本当なんだなと思うよ」
「次に向けて、この反省を活かさないとな」
「次まで息が続くといいね」
「命をかけるさ。何しろ次は人生でいちばん大事なテストだ」
「高校一年の学年末テストが?」
「二年生になると文系と理系にわかれるだろ」
「そっか。佐久間さん、文系だもんね」
うちの高校では、二年生になると文理にわかれ、それぞれ別の授業を受けることになる。
英語なんかは文理共通だが、数学や理科系、社会科系の専門科目は別になる。
当然、文系と理系とでは受けるテストの科目も異なってくる。
「次が最期なんだ。自分の全部で勝負できるチャンスは、これきりなんだよ」
と、そのとき。
「水窪くん、夏焼くん。そこ、いいかな?」
背後から声をかけられた。
声の主は、誰あろう佐久間三智そのひとだった。
まっ黒なストレート・ヘアをぴっしりくくり、ふちなしのメガネをかけた彼女は、何らの感情もうかべないまま、俺たちの後ろに立っていた。
「お、おう」
俺と佳が左右によけると、佐久間は「どうも」と間に入りこみ、掲示板を一瞥するとすぐにどこかへ行ってしまった。
「……あれだもんな。俺のことなんて歯牙にもかけてない」
颯爽とした後ろ姿を見て、ため息をつく。
いや、もったいない。
ため息をつくと幸せが逃げるとよくいうが、それはため息をしている間も勉強していれば一点はとれるという意味だ。
ため息なんてついている暇はねえ!
「よし、学年末テストに向けて勉強だ! 戻るぞ、佳!」
俺が歩きだすと、後ろから佳がついてくる。
「宏樹くんと佐久間さんの関係って文学的だよね」
「どうした急に」
「点数と順位、その数字だけで競いあう。純度の高いライバル関係だと思うよ」
「一生わかりあえないと思うけどな」
「わかりあう必要なんてないよ。ライバルというのは、ただお互いを認めあっていればいいんだ」
「つってもさ、ライバルだと思ってんのはこっちだけだろ」
「そうかな。佐久間さんも、宏樹くんのことは意識していると思うよ」
「いまのを見て、どうしたらそんな感想が出てくるんだ」
「だって、わざわざ外の掲示板まで来て、わざわざ僕らをどかせるなんて普通しないよ。とっくに順位は知ってるだろうし、掲示だって僕らの横から見られるんだからさ」
「くっそ!」
掲示板前のガラスを両手でなぐると、がしゃんと不穏な音がした。
二学期の期末テストの結果が貼りだされた日。
俺は友だちとその結果を見に職員室の外までやってきていた。
ここまで見に来ているのは俺たち二人だけだった。
わざわざ下靴に履きかえて、外まで見に来るやつはそうそういない。
順位表は教室前の廊下にも貼りだされる。
みんなそっちを見ているはずだ。
「あんまり強くたたくと割れちゃうよ」
と、佳は俺の肩に手を置いた。
水窪佳は、高校になってからつるむようになった友だちだ。
中学のときはずっと別々のクラスだったこともあって、ほとんど話したことがなかった。
佳はもの静かだが、話してみるとおもしろいヤツだった。
実のところ、掲示板に来るまえから結果は知っていた。
テスト返却が終わったあと、先生が順位についてふれていたからだ。
それでも敢えて掲示板を見にきたのは、この屈辱を胸にきざみ忘れないようにするため。
ひと気のない職員室まえまできたのも、思いっきり悔しがるためだ。
「佐久間さんは、ずっと定位置から動かないね。泰山北斗みたいだ」
佳はときどき変な言葉をつかう。
成績は上の中くらい。
トップではないけれど、学校の勉強とはちがう世界を持っている。
順位と点数の世界に生きている俺とはちがう人種で、だからこそ仲よくできているのかもしれない。
佳は、中学三年のとき佐久間と同じクラスだったという。
佳もそうだが佐久間も孤独をいとわないタイプだ。
最初はまったくの相互不干渉だったが、秋ごろからぽつぽつとしゃべるようになったらしい。
佐久間は弁護士の父と大学教員の母との間に生まれ育った。
呼吸をするのと同じレベルで勉強が習慣として身についている。
将来のキャリアを築くためにも勉強は続けて損はない。
そんな習慣と価値観の持ち主、それが佐久間三智である。
佳から佐久間のそうした話をきいて、俺はやべーヤツに挑もうとしてるんだなと思った。
生きる=勉強みたいなマシーンにどう勝てというんだ。
答えは簡単。
呼吸より勉強を優先すればいい。
「今回の敗因はあきらかだ。俺は呼吸をがまんできなかった……!」
「宏樹くんを見ていると、勉強しすぎるとバカになるって本当なんだなと思うよ」
「次に向けて、この反省を活かさないとな」
「次まで息が続くといいね」
「命をかけるさ。何しろ次は人生でいちばん大事なテストだ」
「高校一年の学年末テストが?」
「二年生になると文系と理系にわかれるだろ」
「そっか。佐久間さん、文系だもんね」
うちの高校では、二年生になると文理にわかれ、それぞれ別の授業を受けることになる。
英語なんかは文理共通だが、数学や理科系、社会科系の専門科目は別になる。
当然、文系と理系とでは受けるテストの科目も異なってくる。
「次が最期なんだ。自分の全部で勝負できるチャンスは、これきりなんだよ」
と、そのとき。
「水窪くん、夏焼くん。そこ、いいかな?」
背後から声をかけられた。
声の主は、誰あろう佐久間三智そのひとだった。
まっ黒なストレート・ヘアをぴっしりくくり、ふちなしのメガネをかけた彼女は、何らの感情もうかべないまま、俺たちの後ろに立っていた。
「お、おう」
俺と佳が左右によけると、佐久間は「どうも」と間に入りこみ、掲示板を一瞥するとすぐにどこかへ行ってしまった。
「……あれだもんな。俺のことなんて歯牙にもかけてない」
颯爽とした後ろ姿を見て、ため息をつく。
いや、もったいない。
ため息をつくと幸せが逃げるとよくいうが、それはため息をしている間も勉強していれば一点はとれるという意味だ。
ため息なんてついている暇はねえ!
「よし、学年末テストに向けて勉強だ! 戻るぞ、佳!」
俺が歩きだすと、後ろから佳がついてくる。
「宏樹くんと佐久間さんの関係って文学的だよね」
「どうした急に」
「点数と順位、その数字だけで競いあう。純度の高いライバル関係だと思うよ」
「一生わかりあえないと思うけどな」
「わかりあう必要なんてないよ。ライバルというのは、ただお互いを認めあっていればいいんだ」
「つってもさ、ライバルだと思ってんのはこっちだけだろ」
「そうかな。佐久間さんも、宏樹くんのことは意識していると思うよ」
「いまのを見て、どうしたらそんな感想が出てくるんだ」
「だって、わざわざ外の掲示板まで来て、わざわざ僕らをどかせるなんて普通しないよ。とっくに順位は知ってるだろうし、掲示だって僕らの横から見られるんだからさ」