これは自慢だが、俺はけっこう体力があるほうだ。
 毎朝のランニングは欠かさないし、夜は早く寝るし、ヤクルトも毎日飲んでいる。

 それでも制服で山登りはきつい! 滑る! 暗い! 怖い!
 どんなに腸が元気でも夜の山にはかなわない。

「滑り落ちるなよ。落ちても助けんからな」

 なぜあの人は正装にマントに革靴でするすると山を登れるのか。
 怪盗だからか。

「というかですよ。さっき俺たち校門の監視カメラ映ってましたよね? だいじょうぶかな」

「校門の前に不審者がいたからといって、それだけで出動はせんよ。不法侵入も未遂では如何ともしがたいだろう」

「いやー、夜の公道にその格好は一発レッドだと思うけどな」

「きさまを通報してやろうか」

「すんませんっした」

 稜線をこえたのか、道は下りにさしかかった。

 いや、嘘だ。
 嘘というか言いまちがえた。

 道なんかない。
 樹々のすき間をぬい、草むらをかきわけていく怪盗さんの足跡を、俺は道と呼ばされているだけだ。

 しかし、怪盗さんがいなかったらどうなっただろう。
 たぶん俺はいっぺんの躊躇もなく校門を乗りこえて、遠くからサイレンが聞こえてきて、いまはこれまでと腹を切っていた。

 あのとき『条件法の魔女』は俺に短冊を差しだした。
 『もし~したら』という形式で願いを書けと言った。

 俺はそこに『もし俺に怪盗の親友がいたら』と書いた。
 受けとった彼女は、最初怪訝な顔をしていた。
 まさかその魔女さんご本人が怪盗になって現れるとは思わなかった。

 ようやく草むらの向こうに学校のグラウンドが見えてくる。

「げ」

 森を抜けると、目の前にはゆるい斜面も階段もなかった。
 俺たちのいる高台からグラウンドまで、およそ三メートルの法面はしっかりコンクリートで舗装されていた。
 補強しないと崩れるような勾配ということだちくしょう!

「よ」

 怪盗さんは法面に並ぶひし形の出っぱりを足場に、ひょいひょいと軽快にグラウンドまでとび降りた。

 同じことをしたら死ぬというたしかな予感が俺にはある。

「この高さなら死なん。早く降りてこい」

 おかしい。
 魔女さんには怪盗の『親友』を所望したのに、この人俺に冷たくない?

「南無三! うおおおおおおお!」

 覚悟を決めた俺は、学校前の住宅街までは届かない程度の音量で叫びながら、法面にへばりついて一歩一歩慎重に出っぱりをつたって降下した。

「勇敢なことだ。『なむさん、うおおおおお』」

 怪盗は声まねで俺をばかにしたあと、マントをひるがえして校舎へと歩いていった。

 あのとき短冊に書いた願いを、いまからでも変えられないだろうか。
 いまの俺のこころからの願いは『もし怪盗が滑ってころんで鼻血ぶーしたら』だ。