春だ。
 年度末だ。
 作戦開始だ。

 さささと駆け、電信柱の陰にかくれる。
 半身でのぞきこむ。
 夜の学校は、さながら監獄のようにそびえたっていた。
 いまからあそこに忍びこむのだ。

「腕がなるぜ……」

 そうつぶやくと「これ」と頭をこづかれた。

「不審者まる出しの動きをするでない」

 振りむくと、そこには純度一〇〇パーセントの不審者が立っていた。
 白いタキシードにマント、シルクハット。
 顔にはモノクル。
 手には桜の枝。
 挙動どころか全存在が不審者だ。

「俺いまこの人に注意されたの……?」

「中途半端に身をかくすな。のぞき見するな。もっと自然にふるまえ」

「いや、まず自然な装いをしたほうがいいんじゃないすか」

 いくらなんでも夜中に真っ白な礼服と長い銀髪はまずい。
 輝きがやばい。
 存在感がえぐい。
 濃紺の制服を着た俺をひとかけらでいいから見習ってほしい。

 と、凄惨な笑みを浮かべた不審者が俺の頭をつかむ。

「誰のせいでかくもあやうい装束をまとうているかわかるか、夏焼(なつやけ)宏樹(ひろき)くん? キミの想像力が乏しいせいで、わたくしはこんなはずかしめを受けているのだ」

「痛い痛い痛い! ごめんなさい! だって怪盗っていったらこの格好でしょう!」

 そう、この人は怪盗さん。
 俺の親友だ。

 俺たちは今夜、この学校からあるものを盗みだそうとしている。
 あるもの、それはテストの正答だ。

 高校一年生の学年末テストという人生で一番大事な勝負で、俺はライバルに勝たねばならない。
 そのためには、どうしても正答が必要なのだ。

「で、どうするんすか。校門、思いっきり監視カメラついてますけど。でもまあ、こんな夜中に張りつきで監視してないっすかね?」

「いや、あの機種には動き検知機能がついておる。撮影範囲に動くものがないときは録画の頻度を落とすが、逆に動くものを検知したらば警報をあげ監視員に注意をうながす仕組みだ」

「じゃあ逆に誤検知させまくったら、うっとうしくなってアラートを切るかもですね!」

 ほう、と感心したそぶりを見せる怪盗さん。

「一案ではある。だがいま採れる策ではないな。実際に何度も警備員を駆けつけさせねば、アラートを切ってはくれぬ。時間がかかりすぎよう」

「てか、別にバレてもいいでしょ。どうせ最期なんだし、捕まる心配したってしょうがない!」

 俺が勢いこむと、怪盗さんは苦笑いをうかべて首を振った。

「警備員に捕まり、期限内に目的を達成できなくなる可能性もある。校門の突破はあきらめよう」

 と、怪盗さんはマントをひるがえして校門をあとにした。

 あまりにも格好よすぎて、めちゃくちゃまぬけだった。