***
とある夜のことだった。
なんでもない夜だった。
僕は自分の部屋で動画を見ていた。
SCP財団に関わる都市伝説の動画だ。
悲しいわけでもなく、感動したというわけでもない。
なのにとつぜん涙がこぼれた。
なんだろうと袖でぬぐい、またしばらく動画を見ていると、家に電話がかかってきた。
階段を登ってきたお母さんは、同級生の急死を告げた。
出棺が終わり、先生が解散を告げる。
同級生たちは二人、三人とつれだって散っていく。
お通夜は各ご家庭ごとに、葬儀はクラス全員で、と学校からは通達があった。
お通夜のときも、今日の葬儀も、けっこうな数の女子が泣いていた。
これまで、あまり親しくしているようには見えなかったけれど、でも泣いていた。
なんとなく帰る気になれなくて、僕はひとり高台の公園にやってきた。
ブランコからは、火葬場の屋根が見えた。
「麻布まりかさんとは親しかったのかい?」
いきなり声をかけられた。
いつの間に現れたのか、ブランコの脇に女の人が立っていた。
横顔に見覚えはないが、着ている制服には見覚えがあった。
僕の通う中学に併設されている高校の制服だ。
「わたくしは、ネットで彼女とつながっていた。ある日DMをもらってね。そのあとオフでも顔をあわせた。お行儀はいい子だったが……ふふ、悪い子でもあったな」
高校生のお姉さんは、大事な思い出をそっと撫でるような声音でそう語った。
「……僕は、同じクラスでした。話したことがあるかないか、くらいの関係です」
「そうかい」
「それなのに、麻布さんが亡くなったという夜、涙が出てきたんです。彼女が亡くなったと知るのより前に、ひとしずくだけ。今日もここをはなれがたくて。……変ですよね」
指で頬をぬぐう。
いまこのとき涙が流れているわけではないけれど、あのときの感触が蘇ったような気がして。
「何もおかしくなどない。キミたちはどこかでつながっていたのだろう。そして認めあっていたのさ」
お姉さんはスカートのポケットからスマホを取りだし、何か操作をしながらこちらへ歩いてきた。
「せっかくだ。麻布まりかさんのアカウントを教えておくよ。別に隠しているわけではないと言っていたから、彼女も許してくれるだろう」
そういってお姉さんが見せてくれたアカウントは、見覚えのあるものだった。
自分のスマホを取りだし、急いで確認する。
「……僕は、このアカウントを知っています。『いいね』をくれたり、僕のツイートをリツイしてくれたりしていました」
「ほれ見たことか。縁とは奇なるもの。思わぬところでつながっているのだよ」
「もし、もっと話していたら、僕も麻布さんと理解しあえていたのかもしれませんね」
「そうかもしれない。そうではないかもしれない。わたくしとて、彼女とわかりあえていたかというと、確信はもてない」
お姉さんが首をふる。
「しかしだ。いや、だからこそ、彼女がいたことを覚えていようと思うよ」
そうだ。
いまさら理解も共感もない。
「僕も、忘れません」
そう告げると、お姉さんは「いい子だ」と微笑んだ。
前を見る。
いつの間にか、火葬場からは煙が出ていた。
煙は、まっすぐ天に向かって昇っていった。
とある夜のことだった。
なんでもない夜だった。
僕は自分の部屋で動画を見ていた。
SCP財団に関わる都市伝説の動画だ。
悲しいわけでもなく、感動したというわけでもない。
なのにとつぜん涙がこぼれた。
なんだろうと袖でぬぐい、またしばらく動画を見ていると、家に電話がかかってきた。
階段を登ってきたお母さんは、同級生の急死を告げた。
出棺が終わり、先生が解散を告げる。
同級生たちは二人、三人とつれだって散っていく。
お通夜は各ご家庭ごとに、葬儀はクラス全員で、と学校からは通達があった。
お通夜のときも、今日の葬儀も、けっこうな数の女子が泣いていた。
これまで、あまり親しくしているようには見えなかったけれど、でも泣いていた。
なんとなく帰る気になれなくて、僕はひとり高台の公園にやってきた。
ブランコからは、火葬場の屋根が見えた。
「麻布まりかさんとは親しかったのかい?」
いきなり声をかけられた。
いつの間に現れたのか、ブランコの脇に女の人が立っていた。
横顔に見覚えはないが、着ている制服には見覚えがあった。
僕の通う中学に併設されている高校の制服だ。
「わたくしは、ネットで彼女とつながっていた。ある日DMをもらってね。そのあとオフでも顔をあわせた。お行儀はいい子だったが……ふふ、悪い子でもあったな」
高校生のお姉さんは、大事な思い出をそっと撫でるような声音でそう語った。
「……僕は、同じクラスでした。話したことがあるかないか、くらいの関係です」
「そうかい」
「それなのに、麻布さんが亡くなったという夜、涙が出てきたんです。彼女が亡くなったと知るのより前に、ひとしずくだけ。今日もここをはなれがたくて。……変ですよね」
指で頬をぬぐう。
いまこのとき涙が流れているわけではないけれど、あのときの感触が蘇ったような気がして。
「何もおかしくなどない。キミたちはどこかでつながっていたのだろう。そして認めあっていたのさ」
お姉さんはスカートのポケットからスマホを取りだし、何か操作をしながらこちらへ歩いてきた。
「せっかくだ。麻布まりかさんのアカウントを教えておくよ。別に隠しているわけではないと言っていたから、彼女も許してくれるだろう」
そういってお姉さんが見せてくれたアカウントは、見覚えのあるものだった。
自分のスマホを取りだし、急いで確認する。
「……僕は、このアカウントを知っています。『いいね』をくれたり、僕のツイートをリツイしてくれたりしていました」
「ほれ見たことか。縁とは奇なるもの。思わぬところでつながっているのだよ」
「もし、もっと話していたら、僕も麻布さんと理解しあえていたのかもしれませんね」
「そうかもしれない。そうではないかもしれない。わたくしとて、彼女とわかりあえていたかというと、確信はもてない」
お姉さんが首をふる。
「しかしだ。いや、だからこそ、彼女がいたことを覚えていようと思うよ」
そうだ。
いまさら理解も共感もない。
「僕も、忘れません」
そう告げると、お姉さんは「いい子だ」と微笑んだ。
前を見る。
いつの間にか、火葬場からは煙が出ていた。
煙は、まっすぐ天に向かって昇っていった。