目が覚めてまず気づいたのは、世界がオレンジ色になっているということだった。
どうやらもう夕方らしい。
居間に行ってみると、ちゃぶ台の前に寝ぼけまなこのまりかさんがいた。
「おあよー」
ピンクがかった金髪はぼさぼさで、足をくずして座布団に座っている。
「もう夕飯できるに。佳ちゃん、お皿持ってってえ」
台所からお祖母ちゃんの声。
あくびまじりに「はーい」とこたえて台所へ向かうと、半分目を閉じたままのまりかさんもついてきた。
「まりかちゃんも、ありがとうねー」
お祖母ちゃんに微笑みかけられると、まりかさんは「えへへ、そんな」と照れくさそうに笑った。
食卓には、山盛りのから揚げとポテトサラダ、白味噌のおみおつけ、お漬けものがところ狭しとならべられた。
四人でもこれは食べきれないだろうと思ったほどの量だったけれど、気づけばお皿はきれいに空になっていた。
考えてみれば、ちょうど一日前のファミレスで食事をして以来、まともに食べていなかった。
ごちそうさまのあと、まりかさんは自らお手伝いを申しでた。
お祖母ちゃんはうれしそうに笑いながら「じゃあ、洗いものしまいね」と彼女を台所へ連れていった。
「まりかちゃん、このあたりは来たことあるに?」
「いえ、全然。住んでるのは水窪くんの家の近くで」
「この周りはどこでも虫取りやら探検やらできるだに、佳ちゃんはいっつもお部屋で本ばっか読んでてねえ」
「わかります。佳くん、そんな感じですよね」
なんとなく気恥ずかしくて、食器を運びおえた僕は台所から逃げだした。
居間に戻ってみると、お祖父ちゃんがいなくなっていた。
玄関前の車がなくなっていたので、どこかへ出かけたようだった。
洗いものを終えたまりかさんと地元のローカル番組を見ていると、車の音がした。
「ん」
と、帰ってきたお祖父ちゃんはパックの花火を差しだした。
「あれ父さん、花火買ってきたに? ライターどこやったっけかね。神棚んとこに置いたっけ。あ、佳ちゃん、バケツに水張りないね」
ぱたぱたとスリッパを鳴らして、お祖母ちゃんは床の間のほうへ向かっていった。
僕とまりかさんは物置からバケツを出し、立水栓で水を張った。
庭だと燃えるものもあるから、花火は家の前の道ですることにした。
季節はもう秋で、そこらじゅうから虫の音がりんりんと聞こえてきたけれど、真っ暗な夜に花火が咲いていると、そこだけ取り残された夏のようだった。
手持ち花火で文字を書いた。
読めなかった。
ねずみ花火にまりかさんは本気でビビっていた。
打ち上げ花火はしょぼかった。
線香花火の火が落ちた。
バケツの水で燃えかすを流すと、僕たちの夏もいっしょに流れていった。
寝汗もかいて、煙にまみれてと汚れていたので、僕たちは朝以来この日二度目のお風呂をもらった。
湯船で体がぽかぽかすると、不思議なものでまた眠気がわいてきた。
居間に戻ると、先にあがったまりかさんがぼんやりと座っていた。
視線の先を追ってみると、どうやら壁の時計を見ているようだった。
時計は、寝るには少し早い時刻をさしている。
「まりかさん。明日、帰ろうか」
僕の言葉に、まりかさんは目を閉じた。
「帰りたくない」
「わかるけど」
座布団に腰をおろすと、「ふぁ」とあくびが出た。
「まりかさん、眠くないの」
「寝たくない」
「わかるけど」
ちゃぶ台にひじをつくと、かくっと一瞬意識がとんだ。
「……ごめん。佳くん、疲れてるよね。寝よっか」
まりかさんは床の間へ、僕はその隣の客間へ向かう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
襖を閉めるとき、まりかさんは静かに微笑んだ。
「佳くん。ありがとね」
僕はもう眠たくて眠たくて、すぐにお布団に入った。
しかし、どうしても眠れなかった。
さっきのまりかさんの微笑みが、気になって。
「……まりかさん、起きてる?」
襖ごしに小声できいてみる。
もしもすでに寝ているなら、起こしてしまわないくらいの小さな声で。
「うん。起きてるよ」
隣の部屋からは、まりかさんの声が返ってきた。
「ごめんね。結局、なんか眠れなくて」
「あたしも。……ねえ、ちょっとスマホ見て」
枕もとのスマホには通知が出ていた。まりかさんのアカウントからDMが来ている。
『あなたの最期の願いをかなえます』
送られてきていたのは『条件法の魔女』のツイートだった。
「そっか。前にこれをリツイしてたフォロワーって、まりかさんだったのか」
「佳くんだったら、何お願いする?」
「え。なんだろう……」
『魔女』に関するうわさを思い出す。
最期の願い。
言い換えれば、命と引き換えに。
そこまでして僕がほしいもの。
「そうだね。どこか居場所がほしいな。僕たちがいてもいい場所」
ずっとこの家にいるわけにはいかない。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに迷惑がかかる。
ファミレスもマクドナルドもずっとはいられない。
ホテルや旅館はお金がかかる。
正直、僕だけなら家に帰れる。
学校に行かず引きこもることだってできるかもしれない。
でも、まりかさんは。
まりかさんの家は。
「……まりかさんだったら、何を願うの?」
「あたしはムリだよ。もう願っちゃったから」
「え」
どういうこと?
そういうこと?
ツノ、羽、尻尾、飛翔、幻覚、ばんっ。
命と引き換えに、魔族になったの?
いや。
そもそも魔女なんているわけない。
そんな都合よく願いをかなえてくれるなんて。
いやいや。
じゃあ、まりかさんはどうやって魔族になったというんだ。
「まりかさん、魔族になりたいって、願ったの?」
少し待つと、襖の向こうから小さく返事が聞こえた。
「うん」
それは微かな声だったけれど、聞き間違える余地はなかった。
嘘でしょ。
いや、否定してもしかたない。
まりかさんのツノや羽は本物だし、特殊な能力があるのも本当だ。
魔女はいる。
そしてまりかさんは願いをかなえてもらった。
命と引き換えに。
「前に、まりかさん言ってたよね。魔族は前向きだって。自分が消えるくらいなら世界を滅ぼすほうがいいって」
「……」
返事は、聞こえない。
「僕は、その考えかた、いいと思ったんだ。それなのに……魔族になるなんて、そんなことのために!」
襖の向こうから物音が聞こえた。
ばさっとお布団が舞う音。
どたどたと畳を踏む足音。
どこか襖を開く音。
「……まりかさん?」
そっと襖を開ける。
案の定めくれたお布団の中にまりかさんはいなかった。
どうやらもう夕方らしい。
居間に行ってみると、ちゃぶ台の前に寝ぼけまなこのまりかさんがいた。
「おあよー」
ピンクがかった金髪はぼさぼさで、足をくずして座布団に座っている。
「もう夕飯できるに。佳ちゃん、お皿持ってってえ」
台所からお祖母ちゃんの声。
あくびまじりに「はーい」とこたえて台所へ向かうと、半分目を閉じたままのまりかさんもついてきた。
「まりかちゃんも、ありがとうねー」
お祖母ちゃんに微笑みかけられると、まりかさんは「えへへ、そんな」と照れくさそうに笑った。
食卓には、山盛りのから揚げとポテトサラダ、白味噌のおみおつけ、お漬けものがところ狭しとならべられた。
四人でもこれは食べきれないだろうと思ったほどの量だったけれど、気づけばお皿はきれいに空になっていた。
考えてみれば、ちょうど一日前のファミレスで食事をして以来、まともに食べていなかった。
ごちそうさまのあと、まりかさんは自らお手伝いを申しでた。
お祖母ちゃんはうれしそうに笑いながら「じゃあ、洗いものしまいね」と彼女を台所へ連れていった。
「まりかちゃん、このあたりは来たことあるに?」
「いえ、全然。住んでるのは水窪くんの家の近くで」
「この周りはどこでも虫取りやら探検やらできるだに、佳ちゃんはいっつもお部屋で本ばっか読んでてねえ」
「わかります。佳くん、そんな感じですよね」
なんとなく気恥ずかしくて、食器を運びおえた僕は台所から逃げだした。
居間に戻ってみると、お祖父ちゃんがいなくなっていた。
玄関前の車がなくなっていたので、どこかへ出かけたようだった。
洗いものを終えたまりかさんと地元のローカル番組を見ていると、車の音がした。
「ん」
と、帰ってきたお祖父ちゃんはパックの花火を差しだした。
「あれ父さん、花火買ってきたに? ライターどこやったっけかね。神棚んとこに置いたっけ。あ、佳ちゃん、バケツに水張りないね」
ぱたぱたとスリッパを鳴らして、お祖母ちゃんは床の間のほうへ向かっていった。
僕とまりかさんは物置からバケツを出し、立水栓で水を張った。
庭だと燃えるものもあるから、花火は家の前の道ですることにした。
季節はもう秋で、そこらじゅうから虫の音がりんりんと聞こえてきたけれど、真っ暗な夜に花火が咲いていると、そこだけ取り残された夏のようだった。
手持ち花火で文字を書いた。
読めなかった。
ねずみ花火にまりかさんは本気でビビっていた。
打ち上げ花火はしょぼかった。
線香花火の火が落ちた。
バケツの水で燃えかすを流すと、僕たちの夏もいっしょに流れていった。
寝汗もかいて、煙にまみれてと汚れていたので、僕たちは朝以来この日二度目のお風呂をもらった。
湯船で体がぽかぽかすると、不思議なものでまた眠気がわいてきた。
居間に戻ると、先にあがったまりかさんがぼんやりと座っていた。
視線の先を追ってみると、どうやら壁の時計を見ているようだった。
時計は、寝るには少し早い時刻をさしている。
「まりかさん。明日、帰ろうか」
僕の言葉に、まりかさんは目を閉じた。
「帰りたくない」
「わかるけど」
座布団に腰をおろすと、「ふぁ」とあくびが出た。
「まりかさん、眠くないの」
「寝たくない」
「わかるけど」
ちゃぶ台にひじをつくと、かくっと一瞬意識がとんだ。
「……ごめん。佳くん、疲れてるよね。寝よっか」
まりかさんは床の間へ、僕はその隣の客間へ向かう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
襖を閉めるとき、まりかさんは静かに微笑んだ。
「佳くん。ありがとね」
僕はもう眠たくて眠たくて、すぐにお布団に入った。
しかし、どうしても眠れなかった。
さっきのまりかさんの微笑みが、気になって。
「……まりかさん、起きてる?」
襖ごしに小声できいてみる。
もしもすでに寝ているなら、起こしてしまわないくらいの小さな声で。
「うん。起きてるよ」
隣の部屋からは、まりかさんの声が返ってきた。
「ごめんね。結局、なんか眠れなくて」
「あたしも。……ねえ、ちょっとスマホ見て」
枕もとのスマホには通知が出ていた。まりかさんのアカウントからDMが来ている。
『あなたの最期の願いをかなえます』
送られてきていたのは『条件法の魔女』のツイートだった。
「そっか。前にこれをリツイしてたフォロワーって、まりかさんだったのか」
「佳くんだったら、何お願いする?」
「え。なんだろう……」
『魔女』に関するうわさを思い出す。
最期の願い。
言い換えれば、命と引き換えに。
そこまでして僕がほしいもの。
「そうだね。どこか居場所がほしいな。僕たちがいてもいい場所」
ずっとこの家にいるわけにはいかない。
お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに迷惑がかかる。
ファミレスもマクドナルドもずっとはいられない。
ホテルや旅館はお金がかかる。
正直、僕だけなら家に帰れる。
学校に行かず引きこもることだってできるかもしれない。
でも、まりかさんは。
まりかさんの家は。
「……まりかさんだったら、何を願うの?」
「あたしはムリだよ。もう願っちゃったから」
「え」
どういうこと?
そういうこと?
ツノ、羽、尻尾、飛翔、幻覚、ばんっ。
命と引き換えに、魔族になったの?
いや。
そもそも魔女なんているわけない。
そんな都合よく願いをかなえてくれるなんて。
いやいや。
じゃあ、まりかさんはどうやって魔族になったというんだ。
「まりかさん、魔族になりたいって、願ったの?」
少し待つと、襖の向こうから小さく返事が聞こえた。
「うん」
それは微かな声だったけれど、聞き間違える余地はなかった。
嘘でしょ。
いや、否定してもしかたない。
まりかさんのツノや羽は本物だし、特殊な能力があるのも本当だ。
魔女はいる。
そしてまりかさんは願いをかなえてもらった。
命と引き換えに。
「前に、まりかさん言ってたよね。魔族は前向きだって。自分が消えるくらいなら世界を滅ぼすほうがいいって」
「……」
返事は、聞こえない。
「僕は、その考えかた、いいと思ったんだ。それなのに……魔族になるなんて、そんなことのために!」
襖の向こうから物音が聞こえた。
ばさっとお布団が舞う音。
どたどたと畳を踏む足音。
どこか襖を開く音。
「……まりかさん?」
そっと襖を開ける。
案の定めくれたお布団の中にまりかさんはいなかった。