「でも、もういいよ。全てが明るみになって、兄貴も他の奴らも動き出してくれた。野田はこれから相応の報いを受けることになるはずだ。先輩を苛む悪夢は終わった。だから、顔を上げてくれ」
「…………ありがとう」
 床に滴を落とし、ようやく小金井くんは顔を上げた。
 眼鏡を片手に持ち、手の甲で荒っぽく涙を拭う。

 ……なんだ。
 小金井くんは、こんなふうに感情をむき出しにして泣いたり、人に謝ることだってできるんじゃないか。
 そう思うと、もったいないな、という気持ちが胸のうちで膨れ上がった。

 うん、凄く、もったいない。

「……ああ、全く、無様だな。人前で泣くなんて、一生の汚点だ」
 小金井くんは再び眼鏡をかけ直しながら呟いた。

「そんなことないよ。ちっとも無様なんかじゃない。変に格好つけずに、感情のままに泣いて、謝って、お礼を言った小金井くんは、教室で偉そうにしているときより何倍も、何十倍も格好良かったよ。普段からそんなふうに素直でいればいいのに」
「…………」
 ひねくれているという自覚があるのか、小金井くんは無言で口元を引き結んだ。

「いまの小金井くんのほうがずっと素敵だと思う。人としてとっても魅力的だよ」
 私は心から笑った。
 すると、小金井くんは戸惑ったような顔をした。

 急に落ち着かなくなったかのように、ソワソワしながら赤くなった目をあちこちに転じ始めた。
 あれ、漣里くんも何か不機嫌そう。

 私が内心で首を傾げていると。

「……要するにそれは告白か? 深森は僕に惚れたと?」
「いやごめん全然違います。」
 眼鏡をくいっと持ち上げ、格好つけてみせた小金井くんに、私は即座に手を振り、その盛大な勘違いをばっさり一刀両断した。

「なんだ、そうか」
 ほんの少しだけ残念そうに、小金井くんは声のトーンを落とした。

 漣里くん、横から疑惑の目で私を見ないでください。
 心配しなくても私はあなた一筋ですから!

「ただ思ったことを言っただけだよ。いまの小金井くんを見て、普段の小金井くんは自分から魅力を捨ててるように見えたから、もったいないなって――」
「――だそうなんで、念頭に置いとけばいいことあるかもしれない」
 ぐいっと、漣里くんが私の肩を掴んで引き寄せた。
 自然と、頬を漣里くんの胸に押し付ける格好になる。

 えっ? えっ?
 こ、これはもしや、こいつは俺の彼女なんだぞっていうアピール……!?

 漣里くんの胸に顔を埋めながら、私は激しく狼狽えた。顔が燃え上がるように熱い。

「話も終わったし、行くぞ真白」
「えっ? は、はい」
 漣里くんは強引に話を打ち切り、私の手を引っ張って歩き出した。