「嫌です成瀬先輩!」
「先輩は私の生きがいなんです! 先輩がいなくなったら、なんのために時海に通えばいいんですか!?」
「そうですよ! 先輩は時海のアイドル、至宝なんです! 転校なんて嫌です、どこかへ行ってしまわないでください!」
「成瀬くんがいない毎日なんて考えられないよ! お願い、考え直して!」
「でも……また弟が野田たちに何かされたらと思うと、恐ろしくて、不安で……」
 葵先輩は手で口を覆い、長いまつ毛を伏せた。

 その目の端にきらりと輝くのは、真珠のように美しい涙。
 ある生徒は悩殺されたかのようにその場に崩れ落ち、ある生徒は顔を真っ赤にし、ある生徒は――いや、ほとんどの生徒が似たような反応を見せた。
 彼あるいは彼女たちは一斉に倒れている野田たちを振り返り、彼らの元に殺到した。

「おいこら野田ぁぁぁ!!」
「ふざけてんじゃねえぞテメエ!!」
「しがない不良の分際で成瀬を泣かせるとは何事だあああ!!?」
「あんたらのせいで成瀬くんがいなくなっちゃうかもしれないじゃない! 超迷惑! 超最悪っ、サイッテー!!」
「この××っ! ▼▼っ!!」
 げしっ! げしっ!!
 大勢の生徒が野田たちを囲み、その身体を踏みつけている。

 こ、怖い……。
 思わず漣里くんの腕にしがみついたのと同時。

「成瀬くん!」
 一人の女子が葵先輩に駆け寄った。

「私たち、これから野田たちを監視する! ファンクラブ緊急会議を開いて、時海に通う女子一丸となって弟くんを守るって誓うから、だから安心して!」
「女子だけじゃない、俺らも守るぞ! 成瀬の弟は俺の弟だ!」
 サッカー部の部長を務めていた、筋骨隆々の三年男子が手を上げた。

「どんなトンデモ理論だよ……」
 小声で呟く漣里くん。

「俺も誓います! 先輩が卒業した後も俺たち全員が成瀬を守ります!」
 この場の異様な雰囲気に流されたのか、あるいは本気なのか、相川くんまでもそう言ってくれた。

「みんな、ありがとう……」
 感極まったような顔で、お礼を言う葵先輩。
 でも、私はそこで、見てしまった。

 この大騒動を引き起こした当の葵先輩の唇が、「計画通り」とでもいうように、小さく歪むところを。

 さ……策士だ、葵先輩!
 自分の持つ絶大な影響力を完全に把握してる……!!

「おいこら、お前ら! 教師の目の前で何をやっとるんだ!? やめろ、やめんか!」
 ここでようやく、大勢の生徒が二人の生徒を足蹴にするという衝撃的な現場を見て茫然自失していた先生方が我に返ったらしく、声を荒らげた。

「先生っ!!」
 野田を最初に足蹴にした女子が、勢いよく振り返り、華麗にターンを決めて松枝先生に詰め寄った。

「私も暴力を振るいました! 成瀬くんが処罰されるなら私も同罪ですよね!?」
「そうですそうです! 私もです!」
「成瀬くんが転校するなら私も転校します!」
「私も! 成瀬くんのいない時海に価値なんてありませんっ!!」
 口々に私も、俺も、と賛同の声があがる。