「いいじゃない、学校で顔を合わせることってそうそうないでしょう? それともデートの邪魔だった?」
「別にそういうわけじゃ……」
「じゃあいいよね」
 葵先輩は漣里くんの隣に腰を下ろした。

 直後、私と漣里くんしかいなかった六人掛けの席は女子で埋まった。
 椅子取りゲームの如き速さだった。
 葵先輩の隣の席をゲットした女子なんて、ガッツポーズすらしている。
 その向かいの席の女子は天に感謝する祈りのポーズだし。
 瞬間的に始まった椅子取りゲームに負けた女子たちが悔しそうな顔をして、別の席に座っていく。

 ……葵先輩の効果、凄い。
 ぽっかり空いていたはずの、近くの席が全部埋まっちゃったよ。

「わざわざデート中に乱入したのは、深森さんにお礼を言いたかったからなんだ」
「え、私ですか?」
 思い当たる節がなく、私は口の中の野菜炒めを飲み込み、首を傾げた。

「うん。漣里がやっと重い腰を上げて、汚名をすすぐべく動き始めたのは、君のおかげでしょう。僕が兄だからだろうけど、僕の前で漣里を悪く言うような子は誰もいなかったし、聞いても知らないとごまかされるばかりで、歯がゆかったんだ。かといって、漣里は僕に助けを求めるどころか、気にしなくていい、俺も気にしてないって、その一点張りなんだよ。ずっとこのままなのかなって心配してたから、君には感謝してるんだ、本当に。ありがとう」
「いえ、そんな、私は全然」
 私は大慌てで両手を振った。
 傍観していた漣里くんが、少しだけ不思議そうな顔で葵先輩を見る。

「兄貴、噂のこと気にしてたのか?」
 その問いかけに、葵先輩はとっても怖い笑顔を浮かべた。

 あ、怖い。本当に怖いです葵先輩。

 漣里くんも暗黒のオーラに恐怖を覚えたらしく、ちょっと引いてる。

「お前はどこの世界に弟の悪評を笑って聞き流せる兄がいると思ってるんだ?」

「すいません」
 漣里くんが頭を下げた。
 恐怖故か、非常に珍しい反応をした漣里くんに、葵先輩が怒りのオーラを解き、苦笑する。

「もっと僕を頼ってくれてもいいんだよ、漣里。何もしなくていいって言われるのも寂しいものなんだから」
「……ごめん」
「わかればよろしい」
 葵先輩は頷いた。偉そうな口調とは裏腹に、とても優しい笑顔を浮かべて。

「深森さんとの出会いは本当に良い意味で漣里を変えたと思う。僕は僕なりに弟の名誉挽回に努めるから、面倒をかけるかもしれないけど、引き続きよろしくね」
「はい。それはもちろんです。面倒なんてとんでもないですよ」
 私は微笑んで頷いた。

 周りで話を聞いていた女子たちも、何やら目だけで会話している。
 葵先輩に感謝されるなら、私たちも噂の撤回に尽力しよう、とでも思っているのだろうか。

 動機はともかく、協力者が増えるに越したことはないし、そうだったらいいな。