後は任せて行っといで、と言ってくれたみーこに感謝しながら、私は教室を出た。
 最初は歩いていたけれど、徐々に早足になって、階段を下り、渡り廊下を渡る。

 去年過ごしていた一年二組を通り過ぎ、いざ漣里くんがいる三組へ。
 三組に近づくと、ペンキの匂いが鼻をついた。

 ……ここが漣里くんが普段過ごしている教室か。
 学校において、教室は小さなコミュニティだ。

 早朝や放課後とかで、たとえそこに誰もいなかったとしても、自分以外のクラスに立ち入るのはなんだか気が引けるし、緊張する。

 場違いだよって、知らない展示や日直の名前、空気そのものに教えられる。
 人様の家を覗き見るにも似た気分で、どきどきしながら、教室の後方の扉から様子を覗く。

 三組の生徒たちは、机を教室の前方にまとめて寄せていた。
 教室にいる半分くらいの生徒が空いたスペースに段ボールを広げ、黒いペンキを塗っている。

 友達と談笑したり一人で黙々と手を動かしていたりと、作業している生徒の表情は様々。

 他にも、寄せられた机に座って事務作業をしている生徒や、教壇に座って雑談している生徒がいる。
 でも、見回しても、どこにも漣里くんの姿はなかった。

「あの」
 盛り上がってるところを悪いな、なんて思いながら、私は扉の一番近くにいた男子生徒に話しかけてみた。

「え、誰?」
 男子は友達との会話を止めて、不思議そうな顔をした。
 近くにいた生徒たちも好奇の眼差しを向けてくる。

 連鎖的に、周囲にいた他の子たちも私を見てきて、なんだか恥ずかしくなってきた。

「二年の、深森っていいます。成瀬くんを探してるんですが……」
 視線の集中砲火に、縮こまりながら言う。
 遠くのほうから、机に座っていた三人の生徒までも私を見ていた。

「……あいつまた何かやったんですか?」
 私が上級生と知って、言葉遣いを改めた男子生徒は眉をひそめた。
 他の生徒も「またかよ」みたいな顔をしている。

 漣里くんのクラスでも――いや、彼と同じクラスだからこそ、か――悪名は轟いているらしい。

「違いますっ」
 その言葉だけで、クラスの中で彼がどういう立ち位置にいるかを思い知らされ、悲しくなりながら私は全力否定した。

「成瀬くんは何もしてませんっ。ただ、話がしたいだけなんです。彼はどこにいますか?」
「さあ……もう帰ったんじゃないかなぁ?」
「お前のせいだろ。邪魔だとか言うから」
 隣にいた男子生徒が、笑いながら彼の脇腹を小突いた。

 え?

「ひっでーよな」
「本当のことだろ。あいつがいたら空気が悪くなるだけじゃん。いてもいなくても変わんねえなら、いないほうがマシだって」
「あの、どういうことですか? 邪魔だって……追い出したの?」
 胸がざわざわと騒ぎ、血の気が引いた。

「先輩には関係ないじゃないですか。つか、何なんです?」
 睨め上げるような生意気な態度と言葉に、かちんと来た私は、
「私は成瀬くんの彼女です!」
 クラス中に届くように言い放った。

 皆、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
 でも、関係ない。
 私はもう隠すつもりなんかないんだから。

「邪険にしたんなら、彼に謝っておいてください。お騒がせしてすみませんでした。失礼します」
 会釈して、私は踵を返した。
 それなりにうまくやってるって言ってたのに、大嘘じゃない。

 邪魔者扱いされて、弾き出されてるなんて、私、ちっとも知らなかったよ。
 相談くらいしてほしかった。

 怒りと悲しみで頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 なんで漣里くんは耐えてるんだろう。
 やっぱり私、こんな状況、許せない。