「私だったらふざけんなって説教するけどね。あんたは彼女と、庇ってる他人とどっちが大事なんだって」
 みーこはぽん、と私の頭に手を置いた。

「…………」
 予想外の行動に、私は目をぱちくり。

「こんなに彼女が苦しんでるのに気づかないなんて、あんたの目は節穴かって。本当に好きならちゃんと向き合えよ。くだらないことで私の親友泣かせんな馬鹿って」
 置かれたみーこの手から、じんわりと温もりが広がる。
 その温もりに呼び覚まされたかのように、私の目の奥も熱くなり、そこからは早かった。

 涙が頬を滑り落ちて、机に小さな水たまりを作る。
 私は両手で顔を覆い、伏せた。

 ――ああ、そうか。
 私、こんなに苦しかったんだ。

 いつだって一人でいる漣里くんを見ることが。
 彼女なのに、近づくことすらできないことが。

 目が合えば無視されることが。
 私を拒絶する、あの背中が。
 胸を張って彼の傍にいられないことが――。

 泣くほど無理してるなんて自覚はなかったけど、みーこは見抜いてくれてたんだ。

 私の異変はすぐに他のクラスメイトに見つかり、何、どうしたの、と数人の女子が声をかけてきた。

 私のクラスメイトは優しい人ばかりだ。
 何があれば助けに来てくれる。
 でも、漣里くんにはそんな人、いないんでしょう?
 何かトラブルがあっても一人で解決するしかないんでしょう?

 本当は辛いんでしょう?
 いまどんな気分で教室にいるの?
 漣里くんのことを考えると、悲しくて、悲しくて、胸が潰れそうだよ――。

 寄ってきたクラスメイトを、みーこはなんでもない、と断って追い払い、再び私に向き直った。
 姉が妹に言い聞かせるような、柔らかな声で、優しく、諭すように。

「もう一回、ちゃんと話してみなさいよ。それでも成瀬くんが嫌だっていうなら、私が一発ぶん殴って目ぇ覚まさせてやるから、安心して」
「……ちっとも安心できないよ。私は平和主義だもん、暴力反対」
 涙を手の甲で拭い、笑ってみせる。
 きっと目は赤くなって、情けない笑顔になってただろうけど、みーこはなんだか気に入ったように、にひっと笑って。

「そーね」
 と、短く相槌を打った。
 必要な言葉なんて、それで十分。

 重く立ち込める霧のように、心を侵食していた数々の不安と不満が晴れたような気がする。
 背中を押してくれた親友のためにも、私はもう一度漣里くんと話してみようと心に決めた。

 ねえ漣里くん、こんな理不尽に一週間も耐えたんだから、もういいでしょう?
 こうなったら喧嘩してでも、私の思いを全部ぶつけて、この状況を根底からひっくり返してやるんだから!