「……ありがとう」
彼が歩くたびに、その振動が私に伝わる。
「夜に出かけるの、よく親が許してくれたな」
「実はちょっと大変だった。お父さんは『夜にデートなんて許さん、まだ早い!』とか言うし。お母さんは女の子の一人歩きは危ないんじゃないかって心配するし」
「大丈夫だ。帰りはちゃんと家まで送るし、俺は割と強い。いざというときに備えてスマホの緊急SOSも設定してる」
「私も。漣里くんは私と花火を見に行くの、ご家族に反対されなかった?」
「俺はそこまで。その辺は男女の違いかな。いや、兄貴が味方してくれたおかげかも。兄貴は俺より遥かに発言力があるから」
そう言って、漣里くんは私を担ぎ直した。
「真白は重いな」
「……ごめんね」
「謝ってほしいわけじゃない。事実を言っただけ」
「そっか。ダイエット頑張る」
「それは必要ないと思う。痩せてるほうだと思うし」
「でも、重いんでしょう?」
「誰だって背負えば重いと感じる。軽い人間なんていない」
「なにそれ。結局、私はどうすればいいの」
私は漣里くんの背中で、小さく笑った。
「何もしなくていいよ」
「…………」
「そのままでいい」
「……うん」
ぎゅっと、腕に力を込める。
「ねえ、漣里くん」
耳元で囁く。
「ありがとう」
好きだとは言わない。
だって、私たちは友達だもの。
気持ちを伝えるのは、漣里くんに恩を返してからだ。
受けた恩が大きすぎて、いつになるかわからないけれど。
「どういたしまして」
漣里くんは少し苦しそうな呼吸の狭間で、そう言った。
思いがけないほど、柔らかい声だった。
「お礼はどうしたらいい?」
「いらない。もう十分もらってる」
「嘘だ。私、何もしてない」
「そう言えるのが、真白の凄いとこ」
「?」
「あ、一つ思いついた。してほしいこと」
漣里くんはふと思いついたような口調で言った。
「何? 私にできることなら、なんでもする」
私は身を乗り出すようにして尋ねた。
「じゃあ、彼女になって」
「…………」
全身から力が抜けた。
「え、それって」
頭が混乱する。
……彼女?
聞き間違いかと思ったけど、漣里くんの横顔は暗闇でもそうとわかるほど赤い。
冗談……じゃない、みたいだ。
え、嘘。
友達だからと、たったいま、自分の気持ちにセーブをかけたばかりなのに。
セーブしなくてもいいの?
その先を望んでいいの?
私が漣里くんの彼女になって、いいの?
まさか、こんなこと――信じられない。
「…………」
どうしよう。何て返せばいいんだろう。
突然すぎて頭が働かない。
夢でも見ているんだろうか。
やっぱりこの漣里くんは、都合の良い私の妄想なんじゃないだろうかとすら思い始めた。
現実の私は滑って転んで、そのまま頭でも打って気絶してるんじゃないんだろうか。
ああ、でも、それでもいい。
夢なら永遠に覚めなくたって構わない。
むしろどうか覚めないで。
「わ、私で良ければ……喜んで」
ぎゅうっと抱きしめる。
「…………」
何故か、漣里くんは少しの間、動きを止めた。
足すら止まっている。
「漣里くん?」
「……あんまり抱きしめると胸が当たる、から」
漣里くんは顔を真っ赤にして、声を絞り出すように言った。
「!!! すみませんっ!!」
「暴れるな落ちる!」
私は初めて、漣里くんの慌てた声を聞いた。
彼が歩くたびに、その振動が私に伝わる。
「夜に出かけるの、よく親が許してくれたな」
「実はちょっと大変だった。お父さんは『夜にデートなんて許さん、まだ早い!』とか言うし。お母さんは女の子の一人歩きは危ないんじゃないかって心配するし」
「大丈夫だ。帰りはちゃんと家まで送るし、俺は割と強い。いざというときに備えてスマホの緊急SOSも設定してる」
「私も。漣里くんは私と花火を見に行くの、ご家族に反対されなかった?」
「俺はそこまで。その辺は男女の違いかな。いや、兄貴が味方してくれたおかげかも。兄貴は俺より遥かに発言力があるから」
そう言って、漣里くんは私を担ぎ直した。
「真白は重いな」
「……ごめんね」
「謝ってほしいわけじゃない。事実を言っただけ」
「そっか。ダイエット頑張る」
「それは必要ないと思う。痩せてるほうだと思うし」
「でも、重いんでしょう?」
「誰だって背負えば重いと感じる。軽い人間なんていない」
「なにそれ。結局、私はどうすればいいの」
私は漣里くんの背中で、小さく笑った。
「何もしなくていいよ」
「…………」
「そのままでいい」
「……うん」
ぎゅっと、腕に力を込める。
「ねえ、漣里くん」
耳元で囁く。
「ありがとう」
好きだとは言わない。
だって、私たちは友達だもの。
気持ちを伝えるのは、漣里くんに恩を返してからだ。
受けた恩が大きすぎて、いつになるかわからないけれど。
「どういたしまして」
漣里くんは少し苦しそうな呼吸の狭間で、そう言った。
思いがけないほど、柔らかい声だった。
「お礼はどうしたらいい?」
「いらない。もう十分もらってる」
「嘘だ。私、何もしてない」
「そう言えるのが、真白の凄いとこ」
「?」
「あ、一つ思いついた。してほしいこと」
漣里くんはふと思いついたような口調で言った。
「何? 私にできることなら、なんでもする」
私は身を乗り出すようにして尋ねた。
「じゃあ、彼女になって」
「…………」
全身から力が抜けた。
「え、それって」
頭が混乱する。
……彼女?
聞き間違いかと思ったけど、漣里くんの横顔は暗闇でもそうとわかるほど赤い。
冗談……じゃない、みたいだ。
え、嘘。
友達だからと、たったいま、自分の気持ちにセーブをかけたばかりなのに。
セーブしなくてもいいの?
その先を望んでいいの?
私が漣里くんの彼女になって、いいの?
まさか、こんなこと――信じられない。
「…………」
どうしよう。何て返せばいいんだろう。
突然すぎて頭が働かない。
夢でも見ているんだろうか。
やっぱりこの漣里くんは、都合の良い私の妄想なんじゃないだろうかとすら思い始めた。
現実の私は滑って転んで、そのまま頭でも打って気絶してるんじゃないんだろうか。
ああ、でも、それでもいい。
夢なら永遠に覚めなくたって構わない。
むしろどうか覚めないで。
「わ、私で良ければ……喜んで」
ぎゅうっと抱きしめる。
「…………」
何故か、漣里くんは少しの間、動きを止めた。
足すら止まっている。
「漣里くん?」
「……あんまり抱きしめると胸が当たる、から」
漣里くんは顔を真っ赤にして、声を絞り出すように言った。
「!!! すみませんっ!!」
「暴れるな落ちる!」
私は初めて、漣里くんの慌てた声を聞いた。