「ごめんね、真白ちゃん。漣里、誰に対してもこんな感じだから。真白ちゃんが嫌いとかそういうわけじゃないんだよ。学校でもあまり良くない噂が立ってるけど……悪い印象を持たないでほしい」
「はい」
 葵先輩の言葉に、私はすぐさま頷いた。

 それは大丈夫だ。
 あまりにクールだから戸惑うことは多いけど、漣里くんが悪い人だとは欠片も思ってない。

「……漣里のこと怖くないの? 漣里が上級生を殴ったことは知ってるよね?」
 葵先輩は意外そうな顔をしている。

「はい。でも、漣里くんは理由もなしにそんなことができる人じゃありません。そうせざるを得ない事情があったんだと思います」
「なんでそう言えるんだ」
 漣里くんは静かに私を見た。
 お前に自分の何がわかるんだ、と言われた気がした。

 確かに私は漣里くんのことをよく知らない。
 言葉を交わし始めてから、三十分も経っていない。
 それでも――たとえ短い間でも、わかることはある。

「だって、私は漣里くんが優しい人だって知ってるもの」
「……?」
 自信たっぷりに言った私を見て、漣里くんが眉をひそめる。

「いまの世の中、厄介ごとには関わらない、見て見ぬふりをする人が大半なのに、漣里くんはうずくまってた私に声をかけてくれた。家においでって言ってくれたよ」

 人を平気で殴る怖い人。
 それがほとんどの生徒の認識かもしれないけど、それは違うって、いまなら自信を持って否定できる。

「知り合いでもない子を自分の家に招くなんて、なかなかできることじゃないよ。他人を心配して、大事にできる人が、理由もなしに誰かを傷つけるわけがない。絶対に」
 だから、漣里くんが手を上げたなら、そこには事情があるんだ。

「私はそう信じてる」
 私はきっぱり言った。

「…………」
 漣里くんは何も言わなかった。
 表情も動かない。
 ただ、私に向けていた視線を床に落とした。
 反応としてはそれだけだった。

 沈黙が流れる。

「……驚いたな」
 と、声を上げたのは葵先輩だった。

「良かったね、漣里。真白ちゃんは口さがない人たちとは違うみたいだよ? 噂に流されず、ちゃんとありのままの漣里を見て判断してくれた。彼女には何があったか話してもいいんじゃない?」
「……」
 漣里くんは無言のまま、ふいっと顔をそらした。

 これはOKなのか、ダメなのか。
 付き合いの短い私にはわからなかったけど、葵先輩は笑った。

「よさそうだから、特別に打ち明けるね」
 葵先輩は漣里くんから私に視線を移した。
 笑顔が消えて、眼鏡の奥の瞳が真剣な光を帯びる。

「あれはいじめの現場を目撃したからなんだよ。漣里はたまたま下校途中に暴行の現場を目撃して、黙っていられずに割って入った。最初は言葉で止めようとしたけど、相手は聞く耳を持たずに殴りかかってきた。だから殴り返しただけ」
「それなら正当防衛ですよね?」
 これが真相なら、学校で流れている悪評は大間違いだ。

 生徒の口から口へと伝えられていくうちに、噂に尾ひれどころか背びれや胸びれまでついてしまったのだろう。