雨だったら花火大会が中止になっちゃうもんね。
 漣里くんからのメッセージを思い出し、私はふふっと微笑んだ。

 今日、昼食後にスマホをチェックすると、ラインのメッセージが届いていた。
 葵先輩がジャンガリアンハムスターの子どもを連れ帰ってきた、という報告だった。

 考えた末、決めた名前は『ゆき』だそうだ。
 身体の毛が白いから『ゆき』だって。
 きっと漣里くんは、もちまると同じように、ゆきにも愛情を注いでいることだろう。

 詳しい話はまた明日、会ってから聞こうと思っている。
 凄く楽しみだ。

「あ」
 渡ろうとしていた横断歩道の信号が点滅して、赤へと変わった。
 もう少し早く歩いていればそのまま渡れたタイミングだったのにな。
 ま、いっか。仕方ない。

「真白ちゃん?」
 信号待ちをしていると、後ろから声がかかった。
 振り返れば、葵先輩が立っている。

 彼はA4サイズのものでも入りそうな、大きめの鞄を左肩にかけていた。

「あれ、葵先輩。こんばんは」
「こんばんは。奇遇だね。僕は勉強会の帰りなんだけど、真白ちゃんもどこかからの帰り?」
「はい。友達と遊んでて、ファミレスで話してたら遅くなっちゃいました。こんな時間まで勉強会って、凄いですね」
 私は葵先輩が肩にかけている鞄を見て、感心した。
 きっと鞄の中には参考書や問題集の類が入っているのだろう。

「実際は雑談がメインになってたけどね。受験生なのにこんなことじゃまずいんだろうけど」
 葵先輩は綺麗に笑った。
「ちなみに、どちらの大学を受験される予定か、聞いても良いですか?」
「明洸大学の獣医学部」
「ええええ、凄いですね!」
 獣医学部といえば、医学部に次いで難しいことで有名だ。
 しかも明洸大学は国公立の中で最も高い偏差値が要求される、超難関大学。
 私が志望大学として先生に言えば「正気か?」と真顔で返されるであろう大学名をさらっと……!?
 いや、でも、常に学年上位の成績を誇る葵先輩なら不可能じゃない。
 前回のテストでは学年トップだったらしいし、先生も「お前ならできる」と応援しそうだ。

「いや、合格するかどうかもわからないし。浪人は半分覚悟の上だよ」
 葵先輩は微苦笑して片手を振った。
「半分で済むところが凄いです……」
 さすが葵先輩だ……私なら何回チャレンジしても入れないと思う……。

「夜だし、家まで送るよ」
「えっ。いえいえ、良いですよ、そんな」
「気にしないで。可愛い女の子が夜に一人で歩くのは危ないからね。気が引けるっていうなら、弟を励ましてもらったお礼ってことで」
「でも……」
「いいから。こういうときは笑ってありがとうって言えばいいんだよ」
「……ありがとうございます」
「そうそう。お礼はそれで十分」
 葵先輩は微笑んで、私に歩幅を合わせて歩いてくれた。

 ……紳士だ。葵先輩は本当に格好良い。
 夜風に吹かれて、葵先輩の髪がふわふわ揺れている。

 自然に前を向いて、背筋を伸ばして歩いている葵先輩の姿は、どこを切り取っても美しい。
 いまは夜が顔を隠してしまっているけれど、これがもし昼間だったら、道行く女性、皆が振り向いてたんだろうな。

 雑談しながら葵先輩と夜道を歩く。
 私と葵先輩の共通の話題といったら、やっぱり漣里くんしかいない。

 自然と会話は漣里くんに関するものになった。

「そっか。漣里と花火大会に行くんだ。まさか漣里から誘うなんてねえ。ほんとに真白ちゃんのこと好きなんだなあ」
「すっ!? い、いや、好きっていっても、特別な『好き』ではないですからっ」
「え? じゃあなんで誘われたと思ってるの?」
「友達だからでしょう」
 それはごく当たり前の返答だったのだけれど。

「…………」
 何故か、葵先輩は無言で頭を抱えた。

「頭が痛いんですか? 大丈夫ですか?」
「……ねえ、真白ちゃん。話があるから聞いてくれるかな」
 葵先輩は頭を抱えていた手を下ろして立ち止まった。
 つられて私も止まり、身体の向きを変えて、真正面から彼を見つめる。

「? はい」
 なんだろう。
 葵先輩の顔はすごく真剣で、ちょっと怖いくらい。

「僕は君のことが好きなんだ。付き合ってくれない?」
 葵先輩は真顔で私の手を取った。

「…………え?」
 ちょっと待ってください?
 なにこの急展開。
 私のことが好き?
 私の一体どこに葵先輩の気に入る要素があるっていうんだろう。