「握れば拳、開けば掌、なんてことわざもあるけど、手のひらを閉じるか開くかは相手に対する気持ちによって変わるんだよ。漣里くんがいじめられていた人を助けるために振るったように、誰かを攻撃する武器になることもあれば、誰かに愛を伝えることだってできる」

 私は微笑んで、漣里くんの手に自分の手を重ねた。
 彼の手は骨ばっている。
 やっぱり男の子の手と女の子の手は違うんだなって思った。

「子どもが頭を撫でられたら喜ぶのは、その感触が優しくて、愛情が伝わるからだと思うの。言葉なんてなくても、手のひらには相手の心に訴える力がある。恋人同士が手を繋ぐのは、相手のことが大好きだから、少しでもその心を伝えたいからでしょう?」
 私は漣里くんの手を握って、その手を見下ろした。

「漣里くんの愛情は、手のひらを通じて、きっともちまるにも伝わってたよ。だからきっと、もちまるも漣里くんのことが好きだったよ。もちまるのリラックスした表情は、誰よりも漣里くんが知ってるんじゃないかな。手のひらの上で眠ることだってあったんでしょう? 安心しきってないと、動物が人の手の上で眠ることなんてない。その事実こそ、もちまるが漣里くんを好きだった証拠だよ」
「…………」
 漣里くんは無言。

「漣里くんがずっと悲しい顔してたら、もちまるは心配しちゃうよ。だから、私はもちまるの分まで漣里くんを幸せにできるように頑張りたい。そうしたら安心して天国に行けるでしょう?」
 微笑む。

 漣里くんはなんともいえない表情をしてから、お墓に向き直った。

「……もちまるは俺に飼われて幸せだったかな」
 漣里くんが呟いた。
 夜に溶けるような、小さな声だった。

「当たり前だよ。漣里くんほど愛情をかけてる人、私は知らない。もちまるは幸せだったよ。それは断言できる」
「……そっか」
 漣里くんはそれから少しの間、沈黙して。

 こつん、と。
 私の肩の上に自分の頭を傾け、乗せた。

 えっ。
 全神経が私の肩に集中する。
 彼の頭の重みと、感触が、私の鼓動を加速させた。

 彼の柔らかい髪が、私の頬に触れる。

「……え、え、えっと」
 予想だにしなかった彼の行動に、私はパニックに陥った。

「ちょっとだけそのままでいて」
 甘えるような声は反則だった。
 頭にかあっと血が上る。

「幸せにしてくれるんだろ」
 彼は私を上目遣いに見て、微かに笑った。
 こ、こ、これは……わ、私は一体どうしたら。

「あう……」
 何も言えない。
 気の利いた言葉も思い浮かばない。

 私は肩の重みと心臓の鼓動をどうすることもできないまま、顔を火照らせて硬直したのだった。