どれだけ粘っても漣里くんは私の分を払わせてはくれなかった。
 怪我の手当をしてもらったお礼と、付き合ってもらったお礼だからと言い張って。

 私は仕方なく支払いを諦めた。
 次は私が奢ろう。絶対。

「せっかく繁華街にいるんだから、何かする? 行きたい店とか、したいことある?」
 店を出て、漣里くんが尋ねてきた。

「え、えーっと……」
 どうしよう。
 せっかくだからショッピングでもする? 
 でも、漣里くんを付き合わせるのは気が引ける。
 男性が女性の買い物に付き合うのは面倒だよね。

 女性はお店に行ってから何が良いか悩むけど、男性は欲しいものをイメージしているから短時間で買い物を済ませるって、何かの本で読んだことがあるし。

 そもそも私はただの知り合いで。
 友人とすら思われていないわけで……

 胸が重くて、苦しい。

 それでも、私は無理やり笑顔を作った。

「私は本屋でも行こうかな」
「なら付き合う」
「え、でも、長くなるかも……」
「いいよ。どうせ暇だし。兄貴にもゆっくりして来いって言われた」
「そうなんだ。じゃあ、付き合ってもらおうかな」
 私は駅前に向かって歩き出した。
 漣里くんは私の右隣にやってきた。

 一緒に歩くとき、漣里くんは車道側を歩いてくれる。
 私に気を遣ってくれているのだろう。
 彼はいつも優しい。

 でも、それは私が特別だからじゃない。
 きっと、誰に対しても彼は優しい。
 笑ってくれたことだって、何も特別なことじゃなかった。

 パンケーキでも彼は笑うんだ。
 おいしいものを食べたときだって、彼の無表情は崩れるんだ。

 ――真白ちゃんのこと気に入ってるみたいだね……

 違う。全然、違った。

 ――本当。おまじないしてもらったから。

 あの笑顔も、私の手を包んだ温もりも、何もかも。
 何一つ、特別なことじゃなかった。

 何を言えばいいのかわからず、ただ黙っていると。

「なんで泣きそうな顔してるんだ?」
 漣里くんはまっすぐな目で私を見つめた。

「…………」
 そんなことないよ、と笑って否定するには、彼の瞳は真剣すぎた。
 立ち止まると、漣里くんも立ち止まった。

 視線が、痛い。
 手を下ろす。口を開いて、閉じる。

 ごまかすための適当な言葉を捜そうにも、何も思い浮かばなかった。
 私は――だから、素直な言葉を言うことにした。

「……私は漣里くんにとって、ただの知り合い、なんだよね」
「先輩がそう言ったんだろ」
 すぐに言い返された。

「………………え?」
 きょとんとしてしまう。
 ……私、そんなこと言ったかな?

「え? いつ?」
「深森食堂で。ご両親にそう言った」
 漣里くんの声には少しだけ、拗ねているような響きがあった。

「………………あ!」
 ようやく思い出して、ぽんと手を打つ。

 そういえば、言った!
 お母さんにからかわれて、むきになって、つい!

 あのとき、漣里くんには厨房でのやり取りが聞こえていたらしい。
 全く普段通りだったので、聞いていないのかと思っていた。