誰かを好きになって、その相手からも奇跡的に好きだと言われて、お付き合いを始めるというのは、どういう気持ちなんだろうか。
理絵ちゃんを見ていても私にはさっぱり分からないし、想像もつかない。
もちろん、あまかよが世界に存在しなかったころ、私にも人を好きになった経験くらいはある。
ただ、彼女が出現後の世界では、大抵「ぽちゃかよ」と呼んでからかってくるのは男子だったので、そんな人間のことをわざわざ好きになる必要はないと判断した。
特に、イケメンという人種が全般的に苦手だ。
彼らにはからかわれた思い出しかない。
望月さんに出会うまでは、優しいイケメンというのはテレビの中か漫画の中にしかいない空想上の存在だと信じて疑わなかった。
優しくないイケメンはぽっちゃり体型の私をからかうほど暇な人たちだと軽蔑してきたし、今でもできる限り周到に彼らとの関わりを避けて生きている。
それは、コミュニティの中でも、あるいは単にすれ違うだけの赤の他人であったとしても同じ。
なぜなら、いついかなるときにからかいの標的にされるのか分からないから。
彼らは王様だから、自分の好きなときに好きなことをする。
ぽっちゃりの私を見つけて、急に面白半分にからかい出すのもその一環で行われる。
突然標的にされる側の気も知らずにいいご身分だ。
理絵ちゃんと山本さんが付き合うことになったとき、初めて彼女とケンカした。
一年で最も寒い季節のことで、雪が降っては積もることなく溶けてなくなっていたのを思い出す。
彼女が山本さんを好きなことは、本人から聞いて知っていた。
三人ともアルバイト先では同じキッチン担当だし、私も山本さんと同じシフトに入ったことがある。
確かに、彼は柔らかい雰囲気だし、実際優しい。
私が失敗したときでも怒ったりせずにフォローしてくれる。
それでも、私のことを「ぽちゃかよ」と呼ぶ人間のことは信用できなかった。
山本さんも彼女を好きだったことにはまったく気づかなかった。
何となく、大学生が高校生を好きになることってあるのかなと疑問だったから。
私にとって、大学生は大人だ。
子どもと大人の世界は、広さも深さも違う。
一方は窮屈で、他方は自由。
一方は保護される立場で、他方は保護する立場。
何もかもが正反対の世界。
たとえ、アルバイト場所でその二つの世界が交わったとしても、そこに恋愛感情の交わりがありうるとは個人的には思えなかった。
なので、てっきり、理絵ちゃんの片想いで終わるものだと決めつけていたのだ。
だからある日、食堂でお昼を一緒に食べていて、彼女から「山本さんと付き合うことになったの」と報告されたときの私の衝撃の大きさといったらなかった。
文字どおりお弁当を食べる手が止まったし、食堂特有のざわつきが耳元からスーッと遠ざかった。
「……本当なの?」
割と長い沈黙の後、ようやく口にできたのは確認の言葉だった。
「山本さんから付き合おうって言われたのよ」
理絵ちゃんは、そのことがあまりにも嬉しかったのか、私の方を見ているようで見ていなかった。
もし、彼女が私を見ていたら、笑顔を作ることに失敗した私の真顔に気づいたはずだ。
「そう。おめでとう」
無理やり顔の筋肉を動かして口角だけ上げた。
それ以上のことを言わないよう、必死で抑える。
「理絵ちゃん、今日家に遊びに行っていい?
詳しい話はそこで聞きたい」
その後、食べるのを再開したお弁当は味がまったくしなかった。
理絵ちゃんの家は私の家にほど近いが、方角としては少しずれた場所に位置している。
学校から途中まで、いつも彼女と一緒に帰っている。
その日は一旦帰宅し、おやつを持って彼女の家に向かうことになった。
その日のおやつは、個包装された半冷凍のカタラーナ(凍らせた焼きプリンのスイーツ)だったけど、室温が低いせいか、なかなか解凍が進まない。
しばらく待っていたが、らちが明かないので解凍を待たずに家を出た。
外に出ると、切れるような冷たい風が吹いていた。
目の端に入ってくる木々が寒々しい。
今から、気分が滅入る話を彼女にしないといけないことは、切り出す私が一番よく知っていたが、それでも抜けるように高い青空を見上げていると、何だかものすごく申し訳ない気持ちになった。
「理絵ちゃん、入るよ」
勝手をよく知る彼女の家の扉を、チャイムを押すこともなく開ける。
彼女の部屋に続く暗い階段を一段昇るたびに、私の心は一段ずつ沈んでいく。
理絵ちゃんが座っているテーブルの真向かいに座り、テーブルの上にカタラーナを置いた。
彼女の部屋は暖かく、解凍は進みそうだった。
笑顔の彼女には言いづらいけれど、どうしても聞いておきたかったことがあった。
「山本さんが私のことなんて呼んでるか知ってるよね。
理絵ちゃんは、私がその呼び方どれだけ嫌がってるか知ってるよね。
なのに、なんでそんな山本さんと付き合うの?」
彼女の全身が、ギュッと強ばった。
「そのことと、私たちが付き合うことは関係ないと思う」
冷静に理絵ちゃんは答える。
「でも私は、『ぽちゃかよ』って呼ぶ山本さんを信用できない」
「それは香世ちゃんの問題でしょ。私の話とすり替えないで」
「だって」
「そんなに気になるなら、香世ちゃんが痩せればいいだけの話じゃん」
私は、吐き捨てるようにそう言った親友の顔を、信じられないという目で見つめた。
「そのことと、山本さんが『ぽちゃかよ』と呼ぶかは関係な……」
そこまで言いかけてようやく最初の自分の発言が自己矛盾そのものだったことに気づいてハッとする。
「そう、関係ないよね。
同じように、私と山本さんが付き合うことも関係ないんだよ」
諭すように彼女は言った。
私の完敗だった。
ベッドの枕元にいるウサギのぬいぐるみが、悲しそうな目で私を見つめていた。
「帰る」
そう言い残して立ち上がり、階段をドタドタ降りて理絵ちゃんの家を勢いよく飛び出した。
彼女が私を追って来ることはなかった。
いつの間にか、鉛色の雲が空一面に広がっている。
冷たく張り詰めた空気の中を走りながら、カタラーナを持って帰ればよかったと心底後悔した。
わたしの、私のカタラーナ。
理絵ちゃんの家に持って行かなきゃよかった。
ひとりで全部食べて飲み込んでしまえばよかった。
馬鹿な話をしに、わざわざ理絵ちゃんの家まで行った自分を殴って蹴り飛ばしたかった。
その日からしばらく、理絵ちゃんとは顔も合わさず、口も利かなかった。
当然、お昼も一緒に食べなかった。
自分の教室で食べるお昼ご飯がこんなにもつまらなくて味気ないと知ることができたのは、結果的に良かったかもしれない。
ケンカから二日目の昼休み、私は信洋のクラスの前にいた。
彼は私と理絵ちゃんよりひとつ学年が下なので、ネクタイの色が違う私は廊下で少し目立っていた。
教室の入口近くにいた男子に声をかけて信洋を呼んでもらう。
「ノブ、ぽちゃかよさんが呼んでるぞ」
ひとつ下の学年にも私のあだ名が知れ渡っているのは、多分信洋に原因がある。
しかし今日はそのことを咎めに来たのではない。
ご飯を口いっぱいに含ませて私のところまで来た彼に頼みがあったのだ。
「食堂でアイスおごるから、ちょっと付き合ってくれる?」
彼は無言でうなずき、ご飯を飲み込んでこう答えた。
「クリームパンもつけて欲しいんだけど」
彼のリクエストどおりクリームパンとアイスをおごってやって、食堂で空いている席に座る。
理絵ちゃん以外の人間と二人でこの空間にいると、違う場所に来たように感じられてどうにも落ち着かない。
「理絵ちゃんとケンカした」
単刀直入に切り出すと、信洋は驚くことなくクリームパンの封を開けた。
「知ってる。理絵から聞いた」
そうだろうと思っていたので彼に相談することにしたのだ。
誰にも言えなかった気持ちをぽつりぽつりと話し始める。
「私、本当は寂しくて悔しかったんだと思う。
理絵ちゃんを知らない間に取られた気がして。
理絵ちゃんのことは私が一番知ってるって自信があったのに、いつの間にか付き合ってて、その経緯を知らされなかったことが許せなかった。
おかしいよね。
理絵ちゃんのすべてを、他人の私が知ることなんて絶対できないのに。
でも、完全に思い上がってた。
本当は山本さんのことを信用できないことが理由じゃなかった。
だって、もし相手が山本さんじゃなかったとしても同じこと考えると思うもん。
とにかく言い過ぎちゃった。
私って本当にバカだね。
自分でも腹が立つ」
彼女に切り出した話を思い出しながら、自分の幼い思考回路に我ながらむかついてきた。
何様のつもりだったのだろう。
私もいいご身分だ。
「どうしよう、信洋」
すがるように彼を見た。
「それ、そのまま本人に言えばいいんじゃねえの。
クリームうめぇな」
人の話を聞いているような聞いていないような返事をした信洋は、あっという間にクリームパンを食べ終えた。
カップアイスの蓋を開けながら、彼は続ける。
「ただ、理絵が今後、友達を優先しようが、彼氏を優先しようが、それはぽちゃかよには口が出せねえ話だとは思うけどよ」
私は黙ってうなずく。
理絵ちゃんは理絵ちゃんで、私とは別の人間だ。
だから、私がコントロールしたり支配できるわけがない。
シンプルで当たり前のことだけど、彼女との距離が近くなりすぎて見えなくなっていた。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「信洋、ありがと」
「またいつでもどうぞ。
次はチョココロネパンもつけてくれれば、だけど」
「調子乗るな」
まだアイスを座って食べている信洋の短髪の頭をわしゃわしゃと撫でて、教室に小走りで戻った。
ケンカから三日目の朝、私が彼女の家に謝りに行って、ようやく理絵ちゃんとは仲直りできた。
すべてを話せた訳じゃなかったけど、信洋の助言に従ってよかった。
後で聞くと、理絵ちゃんの方も私の言ったことが気になったらしく、山本さん本人にどういうつもりで「ぽちゃかよ」と呼んでいるのか直接確かめたのだそうだ。
彼の答えは「親しみを込めて呼んでいただけで、そんなに嫌がっているとは知らなかった」だった。
要は何にも考えていなかったってことだ。
「だからやめてもらったの。
私の彼氏として」
背筋を伸ばしてそう言う理絵ちゃんがたまらなくかっこよかった。
それ以降、山本さんには「雨宮さん」と普通に名字で呼ばれている。
理絵ちゃんを見ていても私にはさっぱり分からないし、想像もつかない。
もちろん、あまかよが世界に存在しなかったころ、私にも人を好きになった経験くらいはある。
ただ、彼女が出現後の世界では、大抵「ぽちゃかよ」と呼んでからかってくるのは男子だったので、そんな人間のことをわざわざ好きになる必要はないと判断した。
特に、イケメンという人種が全般的に苦手だ。
彼らにはからかわれた思い出しかない。
望月さんに出会うまでは、優しいイケメンというのはテレビの中か漫画の中にしかいない空想上の存在だと信じて疑わなかった。
優しくないイケメンはぽっちゃり体型の私をからかうほど暇な人たちだと軽蔑してきたし、今でもできる限り周到に彼らとの関わりを避けて生きている。
それは、コミュニティの中でも、あるいは単にすれ違うだけの赤の他人であったとしても同じ。
なぜなら、いついかなるときにからかいの標的にされるのか分からないから。
彼らは王様だから、自分の好きなときに好きなことをする。
ぽっちゃりの私を見つけて、急に面白半分にからかい出すのもその一環で行われる。
突然標的にされる側の気も知らずにいいご身分だ。
理絵ちゃんと山本さんが付き合うことになったとき、初めて彼女とケンカした。
一年で最も寒い季節のことで、雪が降っては積もることなく溶けてなくなっていたのを思い出す。
彼女が山本さんを好きなことは、本人から聞いて知っていた。
三人ともアルバイト先では同じキッチン担当だし、私も山本さんと同じシフトに入ったことがある。
確かに、彼は柔らかい雰囲気だし、実際優しい。
私が失敗したときでも怒ったりせずにフォローしてくれる。
それでも、私のことを「ぽちゃかよ」と呼ぶ人間のことは信用できなかった。
山本さんも彼女を好きだったことにはまったく気づかなかった。
何となく、大学生が高校生を好きになることってあるのかなと疑問だったから。
私にとって、大学生は大人だ。
子どもと大人の世界は、広さも深さも違う。
一方は窮屈で、他方は自由。
一方は保護される立場で、他方は保護する立場。
何もかもが正反対の世界。
たとえ、アルバイト場所でその二つの世界が交わったとしても、そこに恋愛感情の交わりがありうるとは個人的には思えなかった。
なので、てっきり、理絵ちゃんの片想いで終わるものだと決めつけていたのだ。
だからある日、食堂でお昼を一緒に食べていて、彼女から「山本さんと付き合うことになったの」と報告されたときの私の衝撃の大きさといったらなかった。
文字どおりお弁当を食べる手が止まったし、食堂特有のざわつきが耳元からスーッと遠ざかった。
「……本当なの?」
割と長い沈黙の後、ようやく口にできたのは確認の言葉だった。
「山本さんから付き合おうって言われたのよ」
理絵ちゃんは、そのことがあまりにも嬉しかったのか、私の方を見ているようで見ていなかった。
もし、彼女が私を見ていたら、笑顔を作ることに失敗した私の真顔に気づいたはずだ。
「そう。おめでとう」
無理やり顔の筋肉を動かして口角だけ上げた。
それ以上のことを言わないよう、必死で抑える。
「理絵ちゃん、今日家に遊びに行っていい?
詳しい話はそこで聞きたい」
その後、食べるのを再開したお弁当は味がまったくしなかった。
理絵ちゃんの家は私の家にほど近いが、方角としては少しずれた場所に位置している。
学校から途中まで、いつも彼女と一緒に帰っている。
その日は一旦帰宅し、おやつを持って彼女の家に向かうことになった。
その日のおやつは、個包装された半冷凍のカタラーナ(凍らせた焼きプリンのスイーツ)だったけど、室温が低いせいか、なかなか解凍が進まない。
しばらく待っていたが、らちが明かないので解凍を待たずに家を出た。
外に出ると、切れるような冷たい風が吹いていた。
目の端に入ってくる木々が寒々しい。
今から、気分が滅入る話を彼女にしないといけないことは、切り出す私が一番よく知っていたが、それでも抜けるように高い青空を見上げていると、何だかものすごく申し訳ない気持ちになった。
「理絵ちゃん、入るよ」
勝手をよく知る彼女の家の扉を、チャイムを押すこともなく開ける。
彼女の部屋に続く暗い階段を一段昇るたびに、私の心は一段ずつ沈んでいく。
理絵ちゃんが座っているテーブルの真向かいに座り、テーブルの上にカタラーナを置いた。
彼女の部屋は暖かく、解凍は進みそうだった。
笑顔の彼女には言いづらいけれど、どうしても聞いておきたかったことがあった。
「山本さんが私のことなんて呼んでるか知ってるよね。
理絵ちゃんは、私がその呼び方どれだけ嫌がってるか知ってるよね。
なのに、なんでそんな山本さんと付き合うの?」
彼女の全身が、ギュッと強ばった。
「そのことと、私たちが付き合うことは関係ないと思う」
冷静に理絵ちゃんは答える。
「でも私は、『ぽちゃかよ』って呼ぶ山本さんを信用できない」
「それは香世ちゃんの問題でしょ。私の話とすり替えないで」
「だって」
「そんなに気になるなら、香世ちゃんが痩せればいいだけの話じゃん」
私は、吐き捨てるようにそう言った親友の顔を、信じられないという目で見つめた。
「そのことと、山本さんが『ぽちゃかよ』と呼ぶかは関係な……」
そこまで言いかけてようやく最初の自分の発言が自己矛盾そのものだったことに気づいてハッとする。
「そう、関係ないよね。
同じように、私と山本さんが付き合うことも関係ないんだよ」
諭すように彼女は言った。
私の完敗だった。
ベッドの枕元にいるウサギのぬいぐるみが、悲しそうな目で私を見つめていた。
「帰る」
そう言い残して立ち上がり、階段をドタドタ降りて理絵ちゃんの家を勢いよく飛び出した。
彼女が私を追って来ることはなかった。
いつの間にか、鉛色の雲が空一面に広がっている。
冷たく張り詰めた空気の中を走りながら、カタラーナを持って帰ればよかったと心底後悔した。
わたしの、私のカタラーナ。
理絵ちゃんの家に持って行かなきゃよかった。
ひとりで全部食べて飲み込んでしまえばよかった。
馬鹿な話をしに、わざわざ理絵ちゃんの家まで行った自分を殴って蹴り飛ばしたかった。
その日からしばらく、理絵ちゃんとは顔も合わさず、口も利かなかった。
当然、お昼も一緒に食べなかった。
自分の教室で食べるお昼ご飯がこんなにもつまらなくて味気ないと知ることができたのは、結果的に良かったかもしれない。
ケンカから二日目の昼休み、私は信洋のクラスの前にいた。
彼は私と理絵ちゃんよりひとつ学年が下なので、ネクタイの色が違う私は廊下で少し目立っていた。
教室の入口近くにいた男子に声をかけて信洋を呼んでもらう。
「ノブ、ぽちゃかよさんが呼んでるぞ」
ひとつ下の学年にも私のあだ名が知れ渡っているのは、多分信洋に原因がある。
しかし今日はそのことを咎めに来たのではない。
ご飯を口いっぱいに含ませて私のところまで来た彼に頼みがあったのだ。
「食堂でアイスおごるから、ちょっと付き合ってくれる?」
彼は無言でうなずき、ご飯を飲み込んでこう答えた。
「クリームパンもつけて欲しいんだけど」
彼のリクエストどおりクリームパンとアイスをおごってやって、食堂で空いている席に座る。
理絵ちゃん以外の人間と二人でこの空間にいると、違う場所に来たように感じられてどうにも落ち着かない。
「理絵ちゃんとケンカした」
単刀直入に切り出すと、信洋は驚くことなくクリームパンの封を開けた。
「知ってる。理絵から聞いた」
そうだろうと思っていたので彼に相談することにしたのだ。
誰にも言えなかった気持ちをぽつりぽつりと話し始める。
「私、本当は寂しくて悔しかったんだと思う。
理絵ちゃんを知らない間に取られた気がして。
理絵ちゃんのことは私が一番知ってるって自信があったのに、いつの間にか付き合ってて、その経緯を知らされなかったことが許せなかった。
おかしいよね。
理絵ちゃんのすべてを、他人の私が知ることなんて絶対できないのに。
でも、完全に思い上がってた。
本当は山本さんのことを信用できないことが理由じゃなかった。
だって、もし相手が山本さんじゃなかったとしても同じこと考えると思うもん。
とにかく言い過ぎちゃった。
私って本当にバカだね。
自分でも腹が立つ」
彼女に切り出した話を思い出しながら、自分の幼い思考回路に我ながらむかついてきた。
何様のつもりだったのだろう。
私もいいご身分だ。
「どうしよう、信洋」
すがるように彼を見た。
「それ、そのまま本人に言えばいいんじゃねえの。
クリームうめぇな」
人の話を聞いているような聞いていないような返事をした信洋は、あっという間にクリームパンを食べ終えた。
カップアイスの蓋を開けながら、彼は続ける。
「ただ、理絵が今後、友達を優先しようが、彼氏を優先しようが、それはぽちゃかよには口が出せねえ話だとは思うけどよ」
私は黙ってうなずく。
理絵ちゃんは理絵ちゃんで、私とは別の人間だ。
だから、私がコントロールしたり支配できるわけがない。
シンプルで当たり前のことだけど、彼女との距離が近くなりすぎて見えなくなっていた。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
「信洋、ありがと」
「またいつでもどうぞ。
次はチョココロネパンもつけてくれれば、だけど」
「調子乗るな」
まだアイスを座って食べている信洋の短髪の頭をわしゃわしゃと撫でて、教室に小走りで戻った。
ケンカから三日目の朝、私が彼女の家に謝りに行って、ようやく理絵ちゃんとは仲直りできた。
すべてを話せた訳じゃなかったけど、信洋の助言に従ってよかった。
後で聞くと、理絵ちゃんの方も私の言ったことが気になったらしく、山本さん本人にどういうつもりで「ぽちゃかよ」と呼んでいるのか直接確かめたのだそうだ。
彼の答えは「親しみを込めて呼んでいただけで、そんなに嫌がっているとは知らなかった」だった。
要は何にも考えていなかったってことだ。
「だからやめてもらったの。
私の彼氏として」
背筋を伸ばしてそう言う理絵ちゃんがたまらなくかっこよかった。
それ以降、山本さんには「雨宮さん」と普通に名字で呼ばれている。