時は朔の文を受け取った時まで遡る。
「澄桜、朧姫様より文だ。」
「姫様から?珍しいな。」
 文を読み進めていく度、顔を赤くしたり青くしたり繰り返していた。
「どうした?」
「……彼女宛に兄さんが縁談を入れたらしい。」
「本当か!?」
 澄桜が予期していたことが現実になりつつあった。しかし、「待っている」と書かれている。この一年彼女を想わなかったことはない。過去一番に恋い焦がれた一年だったのだ。
「もう潮時なのかもな……」
「おい!ここまできて諦めるのか?!」
「遅かれ早かれそういう運命だったんだ。もう手を引く。」
 身分を一番良く分かっているのは澄桜自身だった。

 雪平氏の次男として生まれ、才に恵まれど長男を立てるように兵に捨てられた。味方がいない幼少期の唯一の救いが朔だった。齢五の彼女の離宮にお忍びで行くのは容易いことだった。
 一目惚れもいいところで、あまりの儚さと美しさに精霊か何かかと勘違いしたものだ。
『誰かそこにいるの?』
『っ!!』
 袖口がさわり、手毬が澄桜の方へ転がった。
『あ……』
『取ってくれる?上がっていいから。』
『はい……姫様。』
 それが二人の馴れ初めである。澄桜は鮮明に覚えていた。

「なんで……なんでそんな簡単に引き下がれるんだよ!俺知ってるからな?!お前が姫様を慕って、散々通って、夜、月を見て惚けてるのもよぉ!」
「なんでそのことまで……」
「いつからの付き合いだと思ってやがる!七つだぞ!七つからの付き合いなんだよ!澄桜が何思ってるかなんて筒抜けなんだよ!」 
 澄桜は呆気に取られた。同僚・陽義(はるよし)は庶民上がりの兵士だ。たが、上流貴族の澄桜と同等に接する相棒的な存在だった。
「お前はどうしたいんだよ!」
「だから俺にはどうにもできない運命で!」
「うるせぇ!運命どうこう要らねぇんだよ!『ひとりにしないで』って言えよ!」
「っ……!」

『ひとりにしないで……父様……母様……』

 幼少期の記憶が思い起こされる。

「なんでそれを……」
「だから、いつからの付き合いだと思ってんだよ?お前が寂しくて夜な夜な泣いてるのを俺が知らないとでも?」
 澄桜とて普通の子供だった。家を追い出されてすぐの頃は、家族を思い出し泣いていることが多かった。それでも仲間の前では平気なふりをした。後々、朔と出会うなりその涙も枯れていった。
「澄桜……お前さ、何でもかんでも兄貴に取られていいの?悔しいって思わねぇの?まさかと思うけど、姫様が兄貴とお前どっちか選べってなった時、兄貴を選ぶとでも思ってるわけ?」
「それはっ……!違うと、願いたい……」
「だろ?澄桜はどうしたいんだ?」
 我儘を知らない澄桜にとって、恐怖に違いない。それでも、
「俺は……ずっと姫様の隣にいたい……!俺は姫様が好きなんだよ!」
「そうこねぇとな!おらっ、とっとと帰るぞ。」
「陽義……あぁ!」

 この後悲劇が待ち受けていることを二人はまだ知らない。

 霏霏と六つの花が咲く季節だった。