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「……本当にこんな派手な格好で行くの? 祝い事でもないのに」

 処刑当日。
 紅花は、魑魅斬に裾がひらひらした赤色の襦裙を着せられ困惑していた。それだけでなく髪も一つに纏められ、金色の豪華な髪飾りまで装着されて、化粧までされている。白粉を叩き、頬に烟脂《えんじ》を付け、眉間に花模様を描いてもらった。冥府に来てから、このように着飾ったのは初めてのことだ。

「皇后の前で行う公開処刑は特別なことだからな。どうだ、俺、化粧うまいだろ?」

 化粧を施してくれた魑魅斬は得意げだ。

「確かに、いつも可愛い自分の顔がより美しく見えるわ……」

 鏡に映る顔を見て呟く。

「嬢ちゃん、自信あるな」
「まぁ、紅花は実際顔だけは整ってるからね……」

 苦笑いする魑魅斬の隣には、昨日から起きられるようになった玉風がいる。まだ本調子ではないようだが、食事もよく食べるようになってきた。

「顔だけって何よ」
「顔だけでしょーが! ちょっとは常識ってもんを身に着けなさい、あんたは」

 以前のように怒る元気も出てきたようで、ひとまず安心だ。

「さっさと終わらせて帰ってくるから、安静にしててね。玉風姉様」

 処刑のため特別に用意された蛇矛という武器を手に、冷宮を出た。


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 灯された炎が赤々と燃えている。処刑場と呼ばれる円形の広場は、貴妃の宮の裏側にあった。地面の至る所にこびり付いた血の痕がある。ここでどれだけ多くの鬼や人が殺されたのだろう。
 円形の処刑場を囲むようにして数多くの観客席があり、皇后たちのいる観客席には特別な天幕が貼られている。皇后の隣には宋帝王である飛龍が座っており、こちらを見下ろしている。文字通り高みの見物だ。
 処刑場の中心に、酷く怯えた様子の鬼がいた。ぐるぐる巻きに縛られており、これから殺されることを恐れているように見える。

(……気分が悪い)

 悪人だからといって、こんな晒し者のようにする必要があるのか。
 観客席の下女たちがくすくすと楽しそうに語り合っているのが見える。きっと観客たちにとっては、悪者がやっつけられる喜劇を観ているのと同じ感覚なのだ。

(さっさと終わらせよう。こんな趣味の悪いことは)

 蛇矛を持ち直す。蛇矛は蛇のようにうねっている刃先が特徴で、刺されたら痛いのは当然として、傷の完治が遅いとして知られている。失敗して痛がらせるよりは一度で殺してしまった方が本人も楽だろう。
 鬼の急所は頭だ。頭を一発で潰しにかかろうとした、その時だった。

『どうしてどうしてどうしてどうして。俺は何もしていないのに――……』
「…………」

 蛇矛を持つ手が止まる。
 目の前の鬼の心の声が聞こえたからだ。

 紅花は手を下ろした。

「犯人、この鬼じゃありません」

 天幕のある特別席に向かって声を張って伝える。
 武官や侍女たち、他の観客がざわついた。処刑人が何の命令も受けずに突然処刑を中断したのだから当然だ。勝手な行動は、この処刑を主催している王や皇后に対しての無礼に当たるだろう。
 しかし、冤罪と分かっていて殺す程、愚かではない。

「何をやっているの? さっさと殺してしまいなさい」

 そう言ったのは、飛龍の正妻である天愛皇后だった。薄桃色の艷やかな髪と、金色の瞳。可愛らしい見た目とは裏腹に、周囲を凍りつかせるような冷たい目と冷たい声をしている。
 隣の玉座に座る飛龍も、足を組んだまま指示してきた。

「俺の愛する后がこう言ってるんだ。さっさと殺せ」
「でも、この鬼は真犯人ではないようなのです」

 普段飛龍に対して敬語などは使っていないが、ここには宋帝王に仕えている人々が大勢いる。下手したら石でも投げつけられそうなので一応敬語を付けた。
 処刑場内に沈黙が走る。観客たちは、紅花のことを信じられないものを見る目で見下ろしていた。気が違ったとでも思われているのだろう。傍から見れば王と皇后に意味の分からないことを言って逆らっているのだから。

「……なるほどねえ」

 長い沈黙の後、飛龍が面白そうに目を細める。

「あの時、言葉を発しない幽鬼に対して何で語りかけてるのかと思ったけど、ただの阿呆ではなかったわけだ」

 あの時。養心殿の近くの池で会った時のことを言っているのだろう。


「――――君、鬼の心が読めるんでしょ」


 言い当てられたのは初めてだ。幽鬼に話しかけるという行為は、余程違和感を覚えさせるものだったのかもしれない。

「はい。鬼と花の心が読めます」

 紅花は正直に肯定した。
 人間の心が読める獄吏は大勢いる。彼らは人の心を読み、その人間が最も嫌がる方法で苦しみを与えるのだ。
 しかし、紅花は元々適性がないためか、獄吏としての能力が歪んだ形で発現した。獄吏としては何の役にも立たない欠陥のような能力である。
 しかし、この能力があるおかげで紅花は鬼の獄吏の心を読み、弱みを握ることができた。そして、協力してもらって嫌な仕事から抜け出していた。玉風だけは元人間なので心を読めず、そのようにうまくやることはできなかったが。

「花?」

 質問を投げかけてきたのは、天愛皇后だ。

「花には意思があるのね」

 ふふっと笑うその顔はそれこそ花が咲くように美しかった。
 しかしその笑顔の真意は分からず、警戒してしまう。

(虚言だと馬鹿にされているのかしら)

 どうにかして信じさせなければと記憶を辿る。そういえば、以前御花園の花たちが天愛皇后について話していたことがある。

「宋帝王様の区域の花はいつも天愛皇后様のことを褒めております。お父上に利用されてなお己の人生を諦めない、聡明で強いお方であると」

 天愛皇后が、はっとしたように黙り込んだ。
 そして、しばらく黙っていたかと思えば、突然席から立ち上がって紅花に告げる。

「その者を解放なさい」

 どうやら信じてもらえたらしい。ほっとしながら蛇矛で鬼を縛っていた縄を切った。
 これで処刑は終わる――と期待したのだが、天愛皇后は続けて問うてきた。

「貴女、名前は?」
「……紅花……でございます」

 高貴なお方に名前を聞かれるとは思わず、畏まって回答する。
 もう二度と会わぬというのに名前を聞いてどうするというのか。

「では、紅花。わたくしの育てた花を盗んだ真犯人を見つけなさい」
「はい?」

 間抜けな声が出てしまった。
 後宮内での犯罪者の捜索は別の組織の仕事であって鬼殺しの仕事ではない。鬼殺しは殺ししか能のない職業である、と魑魅斬も言っていたはずだ。

「お言葉ですがそのようなことは私には……」
わたくしが(・・・・・)命じているのよ。二度は言わせないで」

 相手は、後宮の宋帝王の区域で宋帝王の次に尊ばれている、天愛皇后だ。命令は絶対である。
 口答えなどできる立場ではない。それくらい、紅花にも分かった。

「……承知しました」

 長揖して命令を受け取る。
 ――引き受けた以上、犯人を見つけられなければどうなるか分からない。これはまた、厄介なことになってしまった。