「あいつらにはほんとに罰を与えなくていいの? 俺はちょーっと、不敬すぎて殺したいなぁって思ったけど」
「飛龍は血の気が多いわね。わたくしがいいと言ってるんだからいいのよ」
「ま、天愛が言うならいいけどぉ……」
飛龍がつまらなそうに唇を尖らせる。かの宋帝王も、正妻の前では弱いらしい。
「貴女には褒美を与えないといけないわね。何でも一つ言うことを聞いてあげる」
天愛皇后が紅花に視線を移してきた。
褒美など与えてくれるのかと驚いた。あくまでも天愛皇后の主催した処刑を独断で中止させてしまったことへの償いとして犯人捜しをしているつもりだったので、何かもらえるなどとは予想していない。
少し嬉しく思ったところで、これも天愛皇后の人心掌握の一貫なのでは、とはっとして咳払いした。
「大変有り難いお言葉です。では……私と同じ、鬼殺しとして後宮に連れてこられた玉風姉様を、家に帰すか、あるいは、後宮内でそれなりの生活ができるようにしてください。玉風姉様は鬼の死体の臭いに弱いです。あれではとても鬼殺しとして働けるとは思えません」
天愛皇后が意外そうな顔をする。
「へえ。お友達?」
「姉貴分です」
「何でも聞くと言っているのよ? 他人のことでいいの?」
「玉風姉様が後宮へ連れられてきたのは私のせいです。その責任を取りたいんです。――自分のしたことの責任は必ず取る、閻魔王様のように」
胸を張って言い切ると、天愛皇后はしばらく紅花を見つめた後、ぷっと噴き出した。
「ふ、ふふ……あはは……あーっはっはっは!」
皇后らしからぬ高笑いをした彼女は、なかなか笑いが収まらないようで、いつまでもぷるぷると肩を震わせている。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
「閻魔王、閻魔王って。そればっかりだね君は」
飛龍が呆れたように見下ろしてくる。
「好きなんだから仕方ないでしょう」
「好き!? あの冷酷無慈悲な男が!? ふ、ふふっ……あはは! あはははははは! 貴女相当な変わり者ねぇ!」
飛龍へ言い返したその言葉も天愛皇后にとっては面白いものだったらしく、更に笑われる。
そして、笑いすぎて出た涙を細い人差し指で拭きながら問いかけてきた。
「いいわ。その玉風とやら、何か得意なことはある?」
「ええっと……獄吏は向いていました。人をいじめるのがとても得意だと思います。あとは、掃除や料理などは一通り。私は家事が得意でないので、一緒に住んでいた頃はほぼ家事を玉風姉様に丸投げしていました」
「なるほどねえ。なら、料理人をお任せしようかしら。かなり厳しい修行をさせられると思うけど、地獄にいたくらいなら精神は強いでしょう」
即座に適材を適所に置こうとしている。やはり人を使うことはうまそうだ。
「それから~……そうねえ。貴女、閻魔王の区域に偵察に行く気はない?」
ばっと勢いよく顔を上げる。行ってもいいと言うのか、閻魔王の元に。
「天愛、本気? こんな小娘一人で他の区域に行っても警備に追い返されて終わりだと思うけど」
「大丈夫です。行けます。行かせてください」
飛龍の反対の声を食い気味に押し切る。
邪魔をするなという圧を込めた低い声を出してやった。
「確かに、一人で他区域に送るわけにはいかないわね。貴方も付いていってはどう? 飛龍」
「は?」
「ちょうどこの前、閻魔王が遊びに来たと言っていたでしょう。今度はこちらが遊びに伺ってもよいのではなくて?」
「俺が? この子のためにわざわざ?」
「この子の恋路を応援するため、というのもあるけれど……それよりも、わたくしのことを悪く言っていたという閻魔王の皇后について知りたいの。手伝ってくれるわよね? 飛龍」
天愛皇后が秋波を送ると、飛龍はあっさりと「……君が言うなら」と了承した。
この男、妻を前にすると随分態度が違うな、と思ってじろじろ見てしまった。
「何だよ、何か文句あんの?」
凄まれたので「いえ別に」と短く返す。
そして、天愛皇后に要件を聞いた。
「偵察というのは、具体的にどういったことを探ればよろしいのでしょうか?」
「閻魔王の皇后が元宵節《げんしょうせつ》でどのような衣装を身に付けるのか探ってほしいわ」
確かに、他区域の皇后よりも珍しく美しい衣装で祭りに出れば、天愛皇后をただの奴隷上がりの妻と思っていた人々の意識も少しは変わるかもしれない。
妃を着飾らせるのは侍女の仕事だ。皇后が格上であるということは、その皇后に仕える侍女たちも他の侍女たちより上であることと同義である。侍女たちの自尊心を戻すための良い機会だ。
「できる?」
「できるかできないかではありません。閻魔王様に会えるのなら、私は何でもいたします」
天愛皇后への奉仕精神は微塵もないが、閻魔王の区域に行く口実を得られたのだから精一杯活用させていただこうと思う。
ふ、と天愛皇后は含み笑いをした。
「いいわね。そんなに愛されていて羨ましいわ。閻魔王様」
「俺の愛じゃ足りないっていうの? 天愛」
「わたくしは元来女の子の方が好きだもの」
天愛皇后は、飛龍の問いにそう答え、紅花の顎に手を添えて顔を上げさせる。
美しい顔が急に近くに来て驚いた。
「妾にしたいくらいだわ、この子」
――この区域、王が男色家なだけでなく、皇后も女色を好むらしい。
ひ、と思わず短い悲鳴が漏れる。紅花にそちらの趣味はないからだ。
「ふふ、怯えちゃってますます可愛い。機会があれば一晩中愛でてあげたい。こう見えて上手なのよ? わたくし」
何が。
紅花の反応を見て目を細める天愛皇后も怖いが、その後ろでめらめらと嫉妬の炎を燃やしている飛龍も怖い。
紅花は天愛皇后からさり気なく距離を取りながら話題を変える。
「と、とにかく。閻魔王様の皇后について探ってほしいというご命令、謹んでお受けします。……でも、私のような下っ端の鬼殺しに頼んでよかったのですか?」
天愛皇后なら他にも優れた間諜を持つはずだ。わざわざ間者を専門としない元獄吏の鬼殺しなどに頼まずとももっと確実な方法がある。
「あら、野暮なこと聞くのね。貴女で遊びたいの。貴女のことが気に入ったのよ、紅花」
――この皇后に気に入られてよかったのだろうか、と一抹の不安を感じた。