「もうすぐ八時半か……。そろそろかな」
本当なら、主役である父が帰ってしまった時点で終わらせるべきだったパーティー。予定より少し早いけれど、これくらいの時刻がちょうどいい頃合いだろうとわたしは決めた。
「――桐島さん。わたしはそろそろ、ママからのミッションを果たしてくるね」
「はい、行ってらっしゃい。オレンジジュースのお代わりを用意して待っています」
「ありがとう」
わたしはステージの壇上に立ち、スタンドにセットされたマイクを手に持つと、深呼吸をしてからスイッチを入れて話し始めた。
『――皆さま、本日は父のためにお集まり下さいまして、本当にありがとうございます。わたしは篠沢源一の娘で、絢乃と申します』
そこまではよかったけれど、次に何を言うべきかわたしは困ってしまった。どう言えば、招待客のみなさんが納得して下さるのか……。これはきっと、いずれは大企業グループをまとめていくことになるわたしへの試練だと考え、自分なりに言葉を選んでみた。
『……えー、皆さまもお気づきかもしれませんが、本日の主役である父は体調を崩して早めにこの会場から引き揚げさせて頂いております。予定より早い時刻ではございますが、このパーティーはこれでお開きとさせて頂きたいと思います』
当然の結果として、会場内はざわついた。けれど、それはわたしの想定内だった。
『本日ご出席下さった皆さまには、娘であるわたしが両親に成り代わりましてお礼申し上げます。と同時に、この場をお騒がせしてしまいましたことも併せてお詫び致します。皆さま、お気をつけてお帰り下さい』
深々とお辞儀をしてから顔を上げると、目の前は招待客の皆さんの不安そうな表情で溢れかえっていた。
「これでよかったのかな……」
わたしも不安に駆られながら席に戻った。将来の経営者としては致命的かもしれないけれど、元々人前に出て話すようなことが苦手だったので、自分にとって初めてのスピーチの及第点がどれくらいなのか分からなかった。
テーブルに戻ると、約束どおり貢がジュースのお代わりを用意して待っていてくれた。
「絢乃さん、お疲れさまでした。喉渇いたでしょう」
「うん。ありがとう」
冷たいジュースで喉を潤し、ホッと一息ついたけれど、わたしの心配ごとがこれですべてなくなったわけではない。父がとにかく心配で、早く自由が丘の家に帰りたいと思いながらもまだもう少し彼と一緒にいられたらという気持ちもあった。
……そういえば。
「ママからの返信に書いてあったんだけど、帰りは貴方が送ってくれるって?」
「はい。お母さまから直々に頼まれました。まさかこういう事態になるとは思っていらっしゃらなかったでしょうけど」
「そうだよね……」
母が何を思って彼にそんな頼みごとをしたのか、その時のわたしには分からなかったけれど。少なくとも父がパーティー中に倒れたのは母にとっても想定外の出来事だったはずだ。
本当なら、主役である父が帰ってしまった時点で終わらせるべきだったパーティー。予定より少し早いけれど、これくらいの時刻がちょうどいい頃合いだろうとわたしは決めた。
「――桐島さん。わたしはそろそろ、ママからのミッションを果たしてくるね」
「はい、行ってらっしゃい。オレンジジュースのお代わりを用意して待っています」
「ありがとう」
わたしはステージの壇上に立ち、スタンドにセットされたマイクを手に持つと、深呼吸をしてからスイッチを入れて話し始めた。
『――皆さま、本日は父のためにお集まり下さいまして、本当にありがとうございます。わたしは篠沢源一の娘で、絢乃と申します』
そこまではよかったけれど、次に何を言うべきかわたしは困ってしまった。どう言えば、招待客のみなさんが納得して下さるのか……。これはきっと、いずれは大企業グループをまとめていくことになるわたしへの試練だと考え、自分なりに言葉を選んでみた。
『……えー、皆さまもお気づきかもしれませんが、本日の主役である父は体調を崩して早めにこの会場から引き揚げさせて頂いております。予定より早い時刻ではございますが、このパーティーはこれでお開きとさせて頂きたいと思います』
当然の結果として、会場内はざわついた。けれど、それはわたしの想定内だった。
『本日ご出席下さった皆さまには、娘であるわたしが両親に成り代わりましてお礼申し上げます。と同時に、この場をお騒がせしてしまいましたことも併せてお詫び致します。皆さま、お気をつけてお帰り下さい』
深々とお辞儀をしてから顔を上げると、目の前は招待客の皆さんの不安そうな表情で溢れかえっていた。
「これでよかったのかな……」
わたしも不安に駆られながら席に戻った。将来の経営者としては致命的かもしれないけれど、元々人前に出て話すようなことが苦手だったので、自分にとって初めてのスピーチの及第点がどれくらいなのか分からなかった。
テーブルに戻ると、約束どおり貢がジュースのお代わりを用意して待っていてくれた。
「絢乃さん、お疲れさまでした。喉渇いたでしょう」
「うん。ありがとう」
冷たいジュースで喉を潤し、ホッと一息ついたけれど、わたしの心配ごとがこれですべてなくなったわけではない。父がとにかく心配で、早く自由が丘の家に帰りたいと思いながらもまだもう少し彼と一緒にいられたらという気持ちもあった。
……そういえば。
「ママからの返信に書いてあったんだけど、帰りは貴方が送ってくれるって?」
「はい。お母さまから直々に頼まれました。まさかこういう事態になるとは思っていらっしゃらなかったでしょうけど」
「そうだよね……」
母が何を思って彼にそんな頼みごとをしたのか、その時のわたしには分からなかったけれど。少なくとも父がパーティー中に倒れたのは母にとっても想定外の出来事だったはずだ。