「――ところで、どこに行きますか?」

 わたしがシートベルトを締めたところで、彼が行き先を訊ねてきた。

「う~ん……、じゃあ久々にあのタワーに行きたいな」

「分かりました。じゃあ、隅田(すみだ)川方面に向かいますね」

 そうしてシルバーのセダンは滑らかに走り出した。

「――そういえば、会社の往復以外にこうやって桐島さんのクルマでおでかけするの、久しぶりだよね」

 わたしは思い出したようにそう呟いた。というか、クルマが変わってからは初めてだった。
 父が亡くなる前には、貢が学校帰りのわたしを迎えに来てくれて、クルマであちこちへ連れ出してくれていたのに。忙しくなったからそれどころではないというのもあって、八王子から丸ノ内、丸ノ内から自由が丘のルートだけになってしまった。

「そうですね……。もう二ヶ月ぶりくらいになりますか? あれから僕と絢乃さんとの関係も変わってしまいましたからねぇ。僕もおいそれとお誘いすることがためらわれてしまって」

 彼はきっと、わたしと自分との関係が〝上司と部下〟の関係に変わったことを気にしていたんだと思う。

「わたしは別に何も変わってないよ? だから貴方も、自分の立場がどうとか気にする必要ないんだよ」

 彼が前日あんな行動に走ってしまったのも、自分で自分の気持ちを抑えてきた反動だったんじゃないだろうか。

「……はぁ」

「そういえば、桐島さんの私服姿見るの、今日で二回目だね。いつもそんな感じなの?」

 わたしは珍しくスーツ姿ではない(休日だから当たり前か)彼を、まじまじと眺めた。
 初めて彼の私服姿を見たのは、我が家で行われたクリスマスパーティーの時だったけれど、この日もその時と同じくピッタリとしたブラックデニムを穿き、襟付きのシャツとニットを合わせてダブルボタンの紺色のコートを合わせていた。

「ええまぁ、外出の時はだいたいそうですね。家ではスウェットとかけっこうラフな感じなんですけど。逆に兄は家でも外でもあまり変わらないですね。仕事へ行く時にもカジュアルスタイルですから。絢乃さんもご覧になったでしょう?」

「うん。カジュアルっていうか、ちょっとルーズな感じ? でも、出勤の時まであれって社会人としてどうなんだろう?」

 悠さんの服装はダボッとしたカーゴパンツと、トレーナーにダウンジャケットの組み合わせだった。わたしは別に、相手がどんな服装をしていようと何とも思わないけれど。周りの人たちからどう見られているのかは気になる。余計なお世話かもしれないけれど。