「絢乃ちゃんって、タバコ平気な子なんだな」

 彼がブラックコーヒーのカップを前にして向かいの席に座り、手慣れた仕草でタバコに火を点けるのをわたしが平然と眺めていると、感心したようにそう言われた。

「はい。三年前に亡くなった祖父もタバコを吸う人でしたから。両親はまったく吸わないんですけど……あ、父はもう過去形か」

 父を亡くしてまだ一ヶ月半くらいで、もう過去形になっていることにわたしの心はチクリと痛んだ。まだ〝父の死〟というものを現実として受け入れられていなかったからかもしれない。

「――ところで、貢さんのことでわたしにお話っていうのは? 昨日、何か連絡があったんですか?」

 わたしはケーキセットについていたホットのカフェラテを一口すすってから、本題を切り出した。ちなみにケーキはバレンタイン期間限定のガトーショコラだった。

「連絡があったっつうか、アイツ毎週末には実家に帰ってくんのよ。で、昨日もそうだったんだけど、なんか様子がヘンでさぁ」

「ヘン、って……どんなふうに?」

 困惑ぎみに語りだした悠さんに、わたしは眉をひそめた。それには多分、前日の出来事が――わたしが関係していると思ったから。

「昨日、バレンタインだったじゃん? んで、チョコいっぱいもらってきたからって、オレに分けてくれたまではよかったんだけど。やたら機嫌いいかと思ったら急に黙り込んだり、ソワソワしたり。ちょっと情緒不安定っぽい感じ?」

「う~ん……」

 わたしはどうコメントしていいか分からずに唸り、ガトーショコラにフォークを入れた。甘いけれどちょっとほろ苦いチョコレートの味は、何となく恋をしている時の感情に似ているかもしれない。

「……あ、そういやアイツ、絢乃ちゃんからもチョコもらったって言ってたな。手作りだって嬉しそうにして、オレも『一個くれ』って言ったんだけど、一個もくれなかったんだよ。――っと、んなことはどうでもいいや。絢乃ちゃん、アイツからチョコの感想もらった?」

「はい、ラインでもらいましたけど……。これ見てもらえますか? ちょっと、一人で読むの恥ずかしくて」

 わたしは前夜に彼から受信したメッセージの画面をスマホに表示させてテーブルの上に置いた。


〈手作りチョコ、ありがとうございました。すごく美味しかったです。〉


「――なんだ、普通の感想じゃん。これがどうかした?」

「問題はその後なんです。そのまま画面、スクロールさせてみて下さい」

「……うん、分かった。――うーわー……」

 彼がげんなりした声を上げたその理由は――。


〈でも、僕には絢乃さんの唇の方が甘かったですけどね。〉


「…………何だこれ!? アイツ、めっちゃキザじゃんー。しかも見事に既読スルーされてやんの!」

 あまりにもキザすぎて彼らしくない一文に、悠さんはお腹を抱えて大爆笑し始めた。