* * * *
――その日の帰りにも、彼はいつもどおりにわたしをクルマで家まで送ってくれたのだけれど……。
「……あ、久保さんの分のチョコ、用意するの忘れてた」
「アイツの分は別に用意されなくていいです」
クルマを降りる前、わたしがポツリとこぼした一言に、彼は過敏に反応してブスッと吐き捨てた。というか、今思えば久保さんの名前に反応していたような……。
「えっ、どうしたの? 桐島さん、今日はなんか変だよ?」
普段の彼なら、こんなふうに突っかかってこずに聞き流すはずなのに。
「……絢乃さんって、まだお気づきになっていないんですか? だとしたらかなり鈍感ですよね」
「…………えっ?」
彼が何を言っているのか理解が追いつかないままわたしがパニックになっていると、次の瞬間彼はとんでもない行動に出た。なんと、わたしの唇を強引に奪ったのだ!
「……これでも、まだお分かりになりませんか? 僕の気持ちが」
「…………えっと」
わたしはファーストキスを奪われたという事実と、いつもの誠実で紳士的な彼からは想像もつかなかった強引さとで頭の中がこんがらがってしまい、冷静さを失っていた。
「…………あの、これがわたしの初めてのキスだってことは、貴方も分かってるよね?」
彼だって知らなかったはずはない。だって、つい数日前にわたしの口から聞いていたはずだから。
「はい、知っています。それから、絢乃さん。あなたが僕のことをどう思われているのかも」
「……………………ええっ!?」
わたしだってそりゃ、彼との距離が縮まらなくて悩んでいた。でも、これじゃあまりにも展開が早すぎる!
「…………あああの、ゴメン! わたし今、頭混乱しちゃっててどう言っていいか分かんない。……えっと、ちょうど週末だし、明日と明後日で頭冷やすから、今日はこれでっ! また来週ね! おっ、お疲れさま!」
「…………はぁ、お疲れさまでした」
わたしは彼とまともに顔を合わせられないまま、この日は彼と別れたのだった――。