「桐島さんっていうんだ。代理だったんだね。そんなの、イヤなら断ればよかったのに」

「いえ、本当は断るつもりだったんですけど。課長の強引さに押し負けて引き受けざるを得なかったというか……。他に引き受けてくれる人もいませんでしたし」

 彼は困ったような表情で、代理出席の裏側を打ち明けた。……確かに彼はお人()しに見えるけれど(そして実際に〝ド〟がつくほどのお人好しだったけど)、それをいいことに言うことを聞かせる上司って、これじゃまるで……。

「桐島さん、それってパワハラって言わない?」

「そう……なりますよねぇ」

 わたしが眉をひそめると、彼はあっさりその事実を肯定(こうてい)した。

「でも結果的には、今日この代理出席を引き受けてよかったかなぁとも思ってます。こうして絢乃さんと知り合う機会にも恵まれたわけですし」

 何だか嬉しそうに、彼はそう続けた。でも次の瞬間、慌てて顔の前で両手を振った。

「……あっ、別に逆玉に乗れそうだからってあなたに近づいたわけじゃありませんからね⁉ 本当に打算なんて一ミリもありませんから!」

「分かった分かった! そんな必死になって否定しなくても大丈夫だよ。貴方がそんな人じゃないって、見ただけで分かるもん。……ところで、わたしの名前ってママから聞いたの?」

 ムキになる彼が面白くて、わたしは声を上げて笑った。そのついでに、彼がどうしてわたしの名前を知っていたのかという疑問をぶつけてみた。

「はい。あと、高校二年生だということも。名門の女子校に通われていることも。……ですが、どうしてお分かりになったんですか?」

「さっきママと話してるところ、チラッと見かけたから」

「ああ……、そうでしたか」

 疑問が解決したところで、ようやくわたしはケーキにフォークを入れた。

「……美味しい。甘いもの食べるとホッとするなぁ」

「本当ですねぇ」

 内心ではそういう状況ではないと分かっていたけれど、ほんの少しだけの休息時間。それだけで心には少しゆとりが生まれた。

「……そういえば、お父さまは大丈夫なんでしょうか」

「うん、気になるよね。さっき、わたしからママにメッセージ送ってみたんだけど、まだ返信がないの」

「そうですか……。実は社内でも以前から噂されてたんです。『会長、最近かなり痩せられたなぁ』と。社員みんなが心配していたんですが、まさかここまでお悪かったとは」

 貢もわたしと同じくらい沈痛な面持ちでそう教えてくれた。
 父はボスだからとお高く留まっていなかったので、社員全員から慕われていたらしい。父の体調がすぐれなかったことにも、家族であるわたしと母よりも会社の人たちの方が先に気づいていたようだった。