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「――美味しい~♡ このボリュームとクオリティが五百円で食べられるってなかなかないよね」
学年末テスト期間の翌週、わたしは貢と一緒に篠沢商事の社員食堂で昼食をとっていた。この日のメニューは、わたしはフェットチーネのカルボナーラ、貢はビーフシチュー定食。どちらも五百円、ワンコインだ。
ちなみに篠沢商事の社食は外部発注ではなく、グループ企業の〈篠沢フーズ〉が一手に引き受けているので、低価格でメニューも豊富なのが特徴である。これをまだ学生の身で味わえたのは会長特権かもしれない。
「あ~、幸せ~~♪」
「会長って何か召し上がっている時、すごく幸せそうな顔になりますよね。見ている僕の方まで幸せな気持ちになりますよ」
彼は目を細めながら、美味しいパスタに顔を綻ばせるわたしを眺めていた。
「キライな食べ物とか、苦手な食べ物ってないんですか?」
「んー、ワサビとカラシはダメだけど、あとは特にないかな」
「そうなんですね……」
彼はまた目を細めた。
秘書室に異動してから、彼の精神状態は穏やかになっているようでわたしもホッとしていたけれど、まだ彼を苦しめていた根本原因が解決したわけではない。もしかしたらその時にもまだ進行形だったかもしれないのだ。
会長就任から一ヶ月。バタバタしていたわたしの周りも落ち着いてきた頃だし、そろそろ動き始めるにはいい時期じゃないだろうか。そう思った。
「――ねえ桐島さん。ランチが済んだらわたし、ちょっと抜けるから。貴方は先に会長室に戻っててね。すぐに戻れると思うけど」
「……はぁ、分かりましたけど。どちらへ行かれるんですか?」
「人事部、山崎さんのところ。貴方が受けてたハラスメント問題について、そろそろ動いてみようと思って。『餅は餅屋』って言うでしょ?」
ハラスメント問題の調査にはきっと時間がかかる。まずは山崎さんに、総務課の現状を調べてもらおうと思った。
「……えっ? いえ、ですが……。会長自ら動かれるようなことでは……」
「こういう時こそ、トップが動かなくてどうするの? 大丈夫だから、ここはわたしにドーンと任せなさい。ね?」
「…………はい」
「あと、バレンタインチョコもちゃんと用意するから。お返しは考えなくていいから、その代わりに誕生日プレゼント、よろしくね」
「はぁ。お誕生日はいつでしたっけ?」
「四月三日、だよ」
「了解しました」
――この後、わたしは彼への本命チョコをどんなものにするか、そして彼は多分、わたしへの誕生日プレゼントに悩んでいたことだろう。二人で考えごとにふけりながらランチを食べ続けていたのだった。