「あ……、ありがとう。大丈夫だよ、ちょっとクラッときただけ」

「よかった。少し休まれた方がいいんじゃないですか? 絢乃さん、何か召し上がりました?」

「うん。パパがあんなことになる前に、けっこういっぱい食べてたから」

 わたしがそう答えると、彼はホッとしたように「そうですか」と笑いかけてくれた。
 父が倒れたばかりだというのに、わたしまで倒れていられなかった。わたしには母から託された任務(ミッション)があったし、初対面の彼にも心配をかけるわけにはいかなかったから。

「――じゃあ、絢乃さんはここで座ってお待ちください。何か甘いものと飲み物をもらってきます」

「えっ、いいの? 何か申し訳ないなぁ」

 出会ったばかりの、しかも助けてもらったばかりの彼にそこまで気を遣わせてしまい、わたしはちょっと罪悪感をおぼえたけれど。彼はやんわりと首を横に振った。

「いいんです。僕も食べたいので、そのついでですから。――飲み物は何になさいますか?」

「そう? ありがとう。じゃあ……オレンジジュースにしようかな」

「分かりました」

 彼は(うなず)き、ビュッフェコーナーへいそいそと歩いていった。

「あの人、スイーツ男子なんだ……。なんか可愛いかも」

 その後ろ姿を眺めながら、わたしは心がほっこりするのを感じた。倒れかけたのを支えてもらった時には、心臓がドキンと脈打つのを感じたはずなのに。

「そういえばわたし、まだ彼の名前聞いてない」

 もしかしたら、この夜限りの出会いだったかもしれないのに、名前を知りたくなったのはなぜだろう? ……きっとこの時すでに、わたしは彼との縁を感じていたのだろう。

 ――父の状態が心配だったわたしは、彼を待っている間に母のスマホにメッセージを送った。


〈もう家に着いた? パパの様子はどう?〉


 すぐに既読はついたけれど、なかなか返事は来なかったので余計に心配が(つの)った。

「――お待たせしました! 絢乃さん、どうぞ」

 それからしばらくして、トレーを抱えた貢がテーブルに戻ってきた。二人分のデザート皿とドリンクを運ぶのに、会場にあったトレーを借りたのだろう。

「ありがとう。――あ、そういえば貴方(あなた)の名前は……」

 小ぶりなケーキ四種盛りのお皿とオレンジジュースのグラスを受け取ったわたしは、改めて彼に名前を訊ねた。

「ああ、そうでしたね。申し遅れました。僕は篠沢商事総務課の社員で、桐島貢と申します。今日は課長の代理として出席させて頂いてます」

 彼はアイスコーヒーで喉を(うるお)すと、丁寧に自己紹介をしてくれた。