「絢乃、クッションありがとうな。これがあるだけで、背中が少し楽になったよ」

「喜んでもらえてよかった。まぁ、気休めにしかならないだろうけど」

「絢乃、……お前、泣いているのか? 何だか目が赤いぞ」

「えっ? 泣いてないよ、今は。さっきね、桐島さんがすごく優しい言葉をかけてくれて、それでグッときてちょっと泣いちゃっただけ」

 彼は「手が冷たい人は温かい心の持ち主だ」って言ったけれど、そう言った彼の手も少しヒンヤリしていた。貴方の心も十分あったかいよ……。

「そうか、桐島君が……。彼がいてくれたらお前も安心だな。彼が秘書室へ異動したことは知っているか?」

「うん、さっき本人から教えてもらったよ。わたしを支えるためだ、って」

 それはつまり、わたしが正式に父の後継者候補となったということなんだとわたしは解釈した。そしてその解釈が正しかったことを、父の次の言葉で確信した。

「実はそうなんだ。お母さんも同意のもとで、もう遺言書も作成してあってな。そこで正式にお前を後継者として指名した。絢乃、お前の意志を確かめず勝手に決めてしまったが、これでよかったのか?」

 その話は初耳だったけれど、わたしの心はもう決まっていた。この家に一人っ子として生まれた以上、これはわたしが背負っていく運命なんだと。何より、それが父の最後の望みだったから――。

「うん、大丈夫。もう覚悟ならできてるから。パパには色んなこと教わってきたし、教わってないことも周りの人に助けてもらいながら頑張ってみるね」

「そうか、よかった。これで、この先も篠沢グループは安泰だな」

 父はわたしの答えに満足したらしく、安らかな笑みを浮かべていた。

「それじゃ、お父さんはまた眠らせてもらうよ。おやすみ。――絢乃、お母さんと篠沢グループの未来をよろしく頼む」

「……うん。おやすみなさい」

 わたしも父に「おやすみ」の挨拶を返したけれど、最後の一言はわたしへの遺言だと思った。

 ――もっと強くならなきゃ。そう決意したのは、多分この夜だったと思う。もう泣いてなんかいられない。わたしが父の代わりに母とグループを守っていかなきゃいけないのだから……と。

 そして、父とまともに会話ができたのは、その夜が本当に最後となってしまった。