――こうして父は、出社しながら通院でガン治療を受けることになった。主治医である後藤先生も許可して下さっていたらしいけれど、それが本当だったかどうか今となっては確かめようがない。

 父の会社での様子は貢がわたしに教えてくれていた。時々目眩やひどい頭痛に襲われ、倒れることもあったという。それでも父は仕事を愛し、治療と並行して会長としての職務に奮闘していた

 貢とは電話で話したり、メッセージのやり取りをすることがほとんどだったけれど、彼は時々わたしをクルマで色々な場所へ連れ出してくれた。「学校と家の往復だけでは息が詰まるだろうから、たまに息抜きでどこかへ連れ出してあげて」と母から頼まれたそうだ。
 電話では話しにくいことも、直接顔を見てなら話しやすい。それに何より、想いを寄せている彼に会えるのがわたしは嬉しかったので、母には本当に感謝している。


 そんな日々が一ヶ月ほど経った頃――。

「絢乃さん、今日はどこに行きたいですか?」

 この日の放課後も、彼は学校の前まで迎えに来てくれて、制服のまま助手席に乗り込んだわたしにそう訊ねた。どうでもいいけど、三時半ごろに来ていたということは会社に定時までいなかったということだ。どうなっていたんだろう?

「とはいっても、あまり遠くへは行けないんですけどね。遅くなるとお母さまに心配をかけてしまうので」

「う~んと……、今日は世界一のタワーに行ってみたいかな。実は一度も行ったことないの。っていうか隅田(すみだ)川の向こう側に行くのも初めてで」

「へぇ、初めてなんですか?」

「うん。東京で生まれ育って十七年経ったけど、ホントに一度も行ったことない。実はパパが高所恐怖症でね」

 父はそのくせ、飛行機に乗るのは平気だったというから不思議だ。

「そうなんですね。僕も行くのは大学時代以来なんです。――じゃあ、行きましょうか」

 そうしてシルバーの小型車はスタートした。

「――あ、そうだ。僕、新車買いましたよ」

「えっ、もう買ったの?」

 わたしは耳を疑った。たった一ヶ月前にその話をしたばかりだったのに、彼の決断力というか行動力には恐れ入る。もしくは、彼に新車購入を決断させる何かがあったのだろうか。

「はい。といっても内装をカスタムしたりしたので、まだ納車はされてないんですけどね。全部で四百万くらいかかってしまいました」

「新車ってそんなにかかるんだ……」