「そうか。じゃあ加奈子、明日は付き添いを頼む。絢乃はどうする?」

 父に訊ねられたわたしは少し考えた。本当は父に付き添いたいけれど、まだ子供のわたしが一緒に行ったところで何ができるんだろう、と。

「……わたしは、学校に行くよ。里歩(りほ)と待ち合わせしてるし」

 親友に心配をかけてはいけないと思い、付き添いを断った。中川(なかがわ)里歩は初等部を受験した頃からの大親友で、経営コンサルタントをされているお父さまも含めて家族ぐるみで親しくしている。

「だからママ、パパの病気のこと分かったらちゃんと連絡してね。――じゃあわたし、もうお風呂に入って寝るから。おやすみなさい」

「そう? 分かったわ。おやすみなさい」

「おやすみ、絢乃。今日はすまなかったな」

 両親に「おやすみ」をもう一回言ってから一階にある両親の寝室を出て、わたしは二階にある自室へ上がっていった。


   * * * *


 ――この家の各部屋には、それぞれ専用のバスルームとトイレ・洗面スペースが完備されている。里歩に言わせれば「ホテル並みの設備」なのだとか。
 わたしはそんな自室のバスルームに入り、バスタブの蛇口を開けてから、部屋着のワンピースに着替えた。茶色がかったロングヘアーをパーティー用にカールさせたスタイリング剤とメイクはバスルームで落とすことにして、クラッチバッグに入ったままだったスマホを取り出した。
 クイーンサイズのベッドの(ふち)に腰かけ、里歩と貢、どちらに先に電話をかけるべきか迷う。貢とは連絡先を交換したばかりだったし、まだ自宅――代々木の実家近くにあるというアパートに着いているかどうかも分からなかった。
 それに……、わたしから男性に連絡を取るのは初めてだったので、ためらっていたというのもあったし。

「うん…………、よしっ! やっぱりここは桐島さんが先でしょ!」

 彼の連絡先を呼び出し、緊張から震える指で発信ボタンをタップした。……もう家に着いているかな?

『――はい、桐島です』

「……あ、桐島さん。絢乃です。今日は色々ありがとう。――今、大丈夫かな? 何か食べてる?」

 第一声が「もう家に着いた?」ではなく「何か食べてる?」だったのは、彼の話し方が何だかモゴモゴしていたからだった。もちろん、家に着く前に軽く何か食べている可能性もなかったわけではないけれど……。

『ええ、大丈夫ですよ。もう自宅に着いて、夜食にコンビニで買ってきたパンを食べていただけですから』

「ああ、そうなんだね。――あのね、桐島さん。さっき、ママと一緒にパパの説得頑張ってみたの」

『そうですか。――で、どうでした?』

 彼は「そうですか」の後に「ちょっと待って下さいね」と呟いて口の中のものを飲み込んだ後、続きを促した。