「ここにある調理器具って、貢が買い揃えたの? っていうかお料理するの?」

 デニム地のエプロンを着けながら訊ねたわたしに、彼は「いえ」と首を振った。

「これ、ほとんど兄の持ち込んだものですよ。時々ここに夕飯を作りに来てくれるんで。僕も兄の手伝いで下ごしらえとか簡単なことくらいはできますけど、ちゃんとした料理はあまり得意じゃないですね」

「え、そうなの? じゃあ、毎日のゴハンは?」

「週末は近所にある実家で食べてます。平日は……兄に作ってもらったり、外食やコンビニ弁当とかですかね」

「あらら、なんか栄養バランスが心配な食生活だね……。今はわたしと一緒にお食事して帰ってるからまだマシかな」

 何だか()びしい彼の食生活に、わたしは軽いショックを受けた。彼の場合、栄養管理はご実家ありき、ご家族ありきだったようだ。というか、ひとり暮らしの若いサラリーマンの食生活なんてこんなものだろうか?

「そうだ! よかったら、これからはわたしも時々ここでゴハン作って一緒に食べようか? お休みの日だけでもよかったら」

「えっ、いいんですか!? すごく嬉しいし助かります!」

 わたしの提案に、彼は大喜びした。

「――じゃあ、カレー作り始めよっか。まずは野菜の仕込みからね。貢には……ニンジンとジャガイモの皮むきをやってもらおうかな。ピーラーでも包丁でも、やりやすい方で。手、ケガしないように気をつけてね」

「分かりました」

 彼に手伝ってもらいながら、わたしは手際よく材料を炒め、お米を洗って炊飯ジャーにセットし、カレーの隠し味となるリンゴをすりおろし、手早くサラダを作った。

 そして煮込み始めて三十分後(下ごしらえやら何やらでゆうに一時間以上を(つい)やしていたのだ)、カレーライスのお皿とサラダボウル、ケーキのお皿などが並ぶ座卓を二人で囲んで乾杯をした。飲み物は二人ともサイダーだ。

「――では、ちょっと早いけど、貢のお誕生日を祝して……」

「「カンパ~イ!」」

 グラスの中身に口をつけてから、カレーを食べ始めた。

「……うん! お肉ホロホロになってる~♡ 美味しくできたねー。辛さもちょうどいいし」

「ええ、美味しいです。ジャガイモを大きめに切ったのが正解でしたね。あと、飴色になるまで炒めた玉ねぎが効いてます」

 初めて彼のために作ったカレーは我ながら会心の出来で、彼はお代わりまでしてくれた。それでケーキも食べられるの? とちょっと心配になったほどだ。

「カレー、ちょっと多めに作ったからタッパーに入れて冷蔵庫で保存しとくね。明日も温め直したら食べられるから」

「ありがとうございます」


 チョコレートケーキも食べ終え、彼が淹れてくれた食後のコーヒーを味わっている時、わたしはこんな話をした。

「――あのね、貢。誕生日前には言えなかったんだけど、わたし、ほしいものがあるの」

「はい? それって何ですか?」

「わたし、新しい家族がほしい。パパがいなくなって、ママと二人だけになっちゃったでしょ? だからかもしれない」

「……というと?」

「そろそろ、わたしも貴方と次のステップに進みたいなぁ、って。……つまりは結婚に向けて、ってことなんだけど。貴方はどう思う?」