娘が孫を連れて帰ってきた。娘を騙っていた宇宙人の遺体が回収された直後のことだ。わたしはひどく混乱したのだけども、孫の一二三(ひふみ)ちゃんの「おばあちゃん!」の一言で、落ち着いた。

 「ママ、ごめんなさい」
 「ママ?」
 「あ、……おばあちゃんは、ママのおかあさんなの」
 「そうなんだ!」

 ふたりは、あの男が見せてくれた『家族写真』と同じ顔をしている。同じ顔をしているからといって、わたしの娘と孫であると断定してはいけない。わたしは、警戒している。

 「本当に、真尋なの?」

 真尋はそのまあるい瞳をいっそう丸くして、驚いた。実の母親から疑われるとは思いもしなかっただろうか。しかし、わたしは、しばらくの間、真尋の姿形を模した宇宙人とともに暮らしていたのだ。用心深くなってしまう。

 「一二三、おばあちゃんとふたりでお話ししてもいい?」
 「うん!」
 「ママ、テレビつけてもいいかな?」
 「はい、どうぞ?」

 真尋は自分の履いていた靴を玄関に並べて、一二三ちゃんのスニーカーを脱がせて、その隣に置いた。それから、リビングに上がっていって、一二三ちゃんをソファーに座らせて、テレビの電源を入れる。まるで自分の家のような振る舞いだった。かつて、住んでいた家だから、そうね。

 「うーん……一二三の好きそうなの……」

 チャンネルを回し続けている。テレビは、さきほどの地震の影響があって、どの局も緊急のニュースばかりを流していた。五歳の一二三ちゃんには退屈よね。

 「なら、映画は観ない?」

 わたしは、わたしのコレクションを並べた本棚の前に立つ。パッケージを何種類か選んで、ローテーブルの上にタイトルがわかるように並べ直す。昔から映画が好きで、いつでも観られるように集めていたけれども、いまローテーブルに並べ直したものは、真尋が小さい頃に買い足したものだ。

 「うわあ、懐かしい。残してあったんだ。てっきり、捨てちゃったかと」
 「覚えているの?」
 「もちろん。週に一度、ママと映画を観る日が好きだったから……」

 この真尋は、ホンモノだ。疑いが晴れた。

 「真尋なのね! 本当に、真尋!」

 勝手に涙があふれてくる。ああ、真尋。帰ってきてくれたのね。本当に、真尋が。

 「ちょ、ちょっと、ママ。泣かないで」
 「おばあちゃんのこと、なかしたらいけないんだよ」
 「一二三!」
 「うん、うん……疑ってごめんなさいね……」

 よかった。本当に、よかった。よかった。

 「ひいちゃんこれ見たい!」
 「あっ、これ面白いよ。わたしも見たい。けど、マ、いや、おばあちゃんとお話しするね」
 「うん!」

 一二三ちゃんが選んだ作品のディスクを、真尋がセットする。リモコンの再生ボタンを押して、モニターに映像が映し出された。真尋が選んで、わたしがセットして、再生ボタンを押していたのが、昔。かれこれ二十年以上前の話。小学校に上がって、習い事が増えてからは毎週の習慣ではなくなってしまった。

 「というわけで、ママ」

 真尋はリビングからダイニングに移動して、イスに座った。何があったのか説明してくれるというし、わたしは冷蔵庫からペットボトルのアイスコーヒーを取り出して、真尋のぶんもグラスに注ぐ。一二三ちゃんにも飲み物があったほうがいいわよね。オレンジジュースでいいかしら。

 「電気も水も止まっていないんだ」
 「おかげさまで、ガスも大丈夫よ。この辺は、そこまで被害がないわね」
 「そうなんだ……」

 一二三ちゃんは、開幕から映画に夢中になっている。ローテーブルにオレンジジュースが置かれても気付いていない様子だった。邪魔したら悪いわね。

 「いただきます」
 「どうぞ。ミルク、入れる?」
 「大丈夫です」

 ブラックコーヒーを飲む真尋。宇宙人は、ブラックは飲まなかったわね。

 「ふう。……えっと、わたしと一二三は、三月九日から来ました」

 思わずカレンダーを見る。三月九日というと、あの交通事故があった日だ。

 「三月九日に、タイムマシンが来たの。銀色の、円盤の形をしたタイムマシン」
 「へえ?」
 「中から一二三にそっくりの女の子が出てきて、わたしに、一二三とふたりでタイムマシンに乗るように言ってきた。乗ったら、この家の前に」
 「……よく乗ったわね」
 「その女の子が『乗らないとふたりとも死んじゃうぞ。死にたくねぇなら乗れ』って、怖いことを言うものだから」

 ふたりとも死ぬ。

 わたしは立ち上がり、クリアファイルを持ってきた。三月十日の新聞が挟まっている。

 「一二三ちゃんは事故に巻き込まれているのだけど、真尋は行方不明になっているのよ」
 「タイムマシンに乗らなかったら、わたしも巻き込まれていた?」
 「なら、この巻き込まれた一二三ちゃんって」
 「あの、タイムマシンに乗ってきた子!?」

 事故が起きるまで、わたしは真尋の母親であるにもかかわらず、真尋が再婚していることを知らなかった。警察官が、被害者の親族を探して、四方谷家(わたしたち)にたどり着くまでは、だ。この新聞は、こうやって保管しておくためにあとで入手した。手に入れておいてよかったと思う。

 「わたしたちの代わりに」

 真尋は天を仰いでいる。事故が起きることを知っていて、その未来を変えずに、自ら犠牲になった女の子。彼女のおかげで、わたしは真尋に再会できた。

 「真尋」
 「……うん」
 「どうして、これまで連絡してこなかったの?」

 聞かなければならない。

 わたしは、この五年間、真尋をずっと信じていた。最初は、帰ってきてほしかったけれども、途中から、真尋は真尋なりの考えがあって、わたしに相談せずに家を出て行ったのだと、自分で自分を納得させて日々を過ごしていたの。だから、わたしは真尋を探してもらうようなことはしなかった。いつかは帰ってくることを、祈るだけ。このままわたしのほうが先に死んで、永遠に謎のままであってもだ。わたしは真尋の意志を尊重したかった。

 帰ってきたのなら、聞かなくてはならない。

 「わたしは、ママのことが怖かったんだと思う。そういう、言い方が、わたしを責めているような気がして」
 「責めていないわ。わたしが、納得したいだけ」
 「そう、ママはそう言うと思った。けれども、言われたわたしは『怒られている』と捉えてしまって、何も言えなくなっちゃう」

 真尋は昔からそういう子だった。すぐに萎縮してしまって、黙り込んでしまう。何も言わずにこの家を出て行ってしまったのは、わたしのせいでもあるのだ。わたしもわかっていて、何もしなかった。その結果が――。

 「わたしは、これからはこの家で暮らしたい。ママには、言いたいことを言うようにする。何か困ったときは、すぐに相談す。都合がよすぎるかな?」
 「いいえ。……わたしも、考えるわ。わたしが真尋のことを好きなのは、わかってもらえている?」
 「うん。だから、心配かけてごめんね、ママ。これからも、よろしく」

 こうして、真尋は我が家に帰ってきた。帰ってきてくれた。嬉しい。

 「ねえ、ママ」
 「どうしたの一二三。映画は途中でしょう?」
 「おにいちゃんは、どこに行ったの?」
 「おにいちゃん」

 真尋の顔が引きつっている。一二三ちゃんから見たおにいちゃんとなると、あの男のことだろう。三月九日から今日に飛んできた真尋は、あの男がこの家に住んでいたことは知らないはずだ。追い出したことも。

 「おにいちゃんはね、お勉強で遠くに行くことになったのよ」

 だから、真尋の代わりにわたしが答えた。弐瓶教授の研究に付き合っていたというから、間違いではないわね?

 「そうなんだ! なら、また会えるね!」
 「そうね。それまで、一二三ちゃんもお勉強を頑張らないとね」
 「うん! おにいちゃんは頭がいいからねー」