宇宙のどこかに御座します『恐怖の大王』からの攻撃によって人類史に大きなダメージが入った二〇一八年。の、翌年。その終わりが近づいてきた十二月。

 オルタネーターは名実ともに人類の代役となっていった。国のバックアップを受けて、国内外にオルタネーターが輸出され、世界の各地で活躍している。Xanaduは製造工場であると同時に、教育施設でもあるので、俺は講師として働かされることとなった。大学生なのにな。
 小学生レベルの国語を教えている。情報工学部だから俺はどちらかといえば理系なのだけれど、最低限の読み書きを学ばせておかないと、社会に出荷したときに、働き手として役に立てないから、一番大事なところを任せたいのだと、五代さんから指名された。最も偉い人から指名されてしまっては「やりたくないです」とは言えない。教員免許を持っている他の人に助けてもらいながら、なんとなくでやっている。

 オルタネーター向けのカリキュラムは、人間向けの義務教育のような国語や算数に社会に加えて、体育科がある。個人的には、この体育科に関してだけは正直やりすぎだと思っている。長時間働き続けるスタミナが必要っていうのは、人間側の都合であって。この子たちオルタネーターが今の状態でやり遂げられる限度を超えてしまっている。酸欠で倒れてしまうような子もいるしさ。もう少し練り直したほうがいい。まだ始まったばかりだから、手探りの部分もあると思う。前の授業が体育だった場合、次の授業で寝ているのは見逃してやれよ。俺が甘いのかな。俺は何も言わずにいたら、教室の半分ぐらいがすやすやと眠ってしまうようになった。みんな、やる気ある?

 というか、俺の本業は大学生だよ。大学で勉強して、卒業して、いいところに就職する。いいところっていうのが具体的にどこなのか決まっているわけではないけれど。けれども、大学に通っているよりもこちらで暮らしていたほうが楽しい。給料ももらっているし。何より、オルタネーターたちから慕われている。彼らは俺を頼りにしてくれているし、俺だって必要とされたら嬉しい。弐瓶教授からは「ユニちゃんの権限で退学にしておこっか」と茶化された。

 それに、ここにはひいちゃんがいる。

 「君は、他のオルタネーターとは違う」

 参宮(さんぐう)一二三(ひふみ)の生き写し。
 亡くなったあの日のままの姿をした彼女には、このまま、俺のそばにいてほしい。

 「ま。あたしは大天才だからな」

 オルタネーターだから、を理由に認証キーが生成できず、Xanaduの設備を利用できないということなら、人間の俺がついていればいい。いいじゃん、それで。それが彼女の望みならば、俺が可能な範囲で叶えてあげたい。

 ひいちゃんが俺を救ってくれたように、俺は偽のひいちゃんを助けてやりたい。そうすれば、もう一度、俺自身が救われるような気がするから。

 「ただ、お前の言う『ひいちゃん』ってのとあたしがどんなに似てるんだとしても、あたしはあたしだかんな」

 警備室で無事に認証キーを受け取った後、彼女は俺の部屋まで着いてきてくれた。俺から『ひいちゃんは俺の義理の妹』で『参宮一二三という名前の女の子』だと説明したら、同一性を否定された。俺もわかってはいるよ。わかってはいるつもりだよ。俺のスマホの、家族四人の集合写真を見せても、違うのだと言い張る。写真と見比べると、俺の思い違いではなくて本当にひいちゃんと似ていることがわかる。

 「ひいちゃんとの思い出は、思い出として大事にしてくれよ」
 「……でも」
 「あたしはオルタネーターで、人間ではない。人間のひいちゃんの代わりにはなれるかもしれない。けれども、ひいちゃんそのものじゃあねぇだろ」

 オリジナルの――人と人との交配で誕生し、社会の中で育成された人間と、生産したオルタネーターとでは生まれの時点で明確な差があり、この差は天地が入れ替わろうと覆らないものである。と、盲目的に信じ込んでいる節がある。オルタネーターは人間に非ず。そういうものらしい。どのオルタネーターに聞いてもそう答える。人間が上位種であり、オルタネーターはその命令を忠実にこなす代役。オルタネーターたちはXanaduにいるあいだに、徹底的に上下関係を叩き込まれるから、その答えは正しい。

 「あたしのことは大天才って呼んでくれ」

 恥ずかしげもなく『大天才』とおっしゃる。そう呼ぶのは恥ずかしいよ。俺が。

 「他に名前はないの? オルタネーターの名前で、俺が聞いたことあるのだと、アニーちゃん、みたいな」
 「アニー先輩! 日本の食文化を支えるオルタネーターの大先輩じゃんか! やっぱ有名なんだなァ」

 テンションが一気に跳ね上がった。アニーは、まだ出荷される前のオルタネーターたちにとっては憧れの存在。職人の高齢化は、ウナギ屋だけではなくて、伝統工芸品とか、酒蔵とか、そちらのほうでも問題視されている。弟子とか担い手とかがいなくなってしまえば、そういった文化そのものが消滅するわけだし。そこにオルタネーターを突っ込むのは、いい考えだと思う。どうしても人間が作らなきゃいけないってもんでもないでしょ。オルタネーターだって人間の姿はしているのだから。どうしても気になるって人は人間の職人から買い付ければいいだけの話。アニーちゃんが焼いても、職人が焼いたとしても、ウナギはウナギだ。どちらも美味しいと思うよ。食べ比べていない俺が言っても説得力ないか。違うもんなのかな?

 「ひいちゃんって呼んだらダメなの?」
 「だからァ!」
 「違うよ、一緒くたにしているわけじゃあなくて」
 「ほんとか?」

 オルタネーターはオルタネーターであり、定まった個体名がない。アニーちゃんの場合、そのウナギ屋のほうで誰かがつけてくれた名前がアニーなのだろう。個体名と似たようなものとしては製造番号があり、これは個体ごとに割り振られていて、名前欄に無機質な数列が並べられている。俺はなるべく、受け持っているオルタネーターたちは個人で識別したくて、各々の長所や短所から勝手にニックネームをつけている。まあ、このニックネームでみんなを呼んだことはないけれど、気分の問題だ。

 「お前さ、嘘つく時に瞬きするくせあるのな」
 「……初めて言われた」
 「だとしたら、あたしに指摘されてよかったじゃねェか。以後気をつけろよ」

 無意識にやっていたのかな。俺がわざとらしくパチパチと数回瞬きしてみせると、彼女は得意げに鼻を鳴らした。生意気なところもあるけれど、かわいらしいところのほうが多い。

 「一二三(いちにさん)一二三(ひふみ)でひいちゃんなら、ロクでいいよロク」
 「なんでまた」
 「いちたすにたすさん、でロク」

 なるほどね。
 ロクちゃん。

 「いいな、それ」
 「よろしくな。おにーさん」
 「……そこは『おにいちゃん』に変更はできないの?」
 「だ、か、らァ!」

 というわけで、ひいちゃん激似のオルタネーターはロクちゃんになった。

 紫色のツインテールに、人間とオルタネーターを区別するための服装として、いつも体操着のようなものを身につけている。そうでもないと、人間とオルタネーターとは外見だけでは見分けがつかない。工場で働くオルタネーターには専門の作業着が用意されている。

 そんなロクちゃんと共に、今日はXanaduの敷地の外へ出てきた。前日までに外出届を出しておけば、交通費は全額支給されるようになっているので、申請してある。まあ、そんなに出かけることもないと思っていたけれど、もらえるのならもらっておきたい。

 「その……」
 「何?」

 オルタネーターたちの助力もあって、公共交通は以前と同じように回復した。電車もバスも元通り。道路は整備されて、人通りもある。ユニと二人で歩いた時には、人気(ひとけ)がなかった。とはいえ、オルタネーターが増えたことによって変わった部分もある。

 「外に出てもおかしくないか?」
 「どこからどう見てもかわいい女の子だから大丈夫だよ。連れ去られそうになっても、俺が守るから」
 「いや、そうじゃなくて」
 「金なら俺が出しますけど」

 どうせ使い道なんてない。光熱費や食費といった基本的な生活費は、給料から天引きされている。食堂で提供されている食事が美味しいから文句もない。酒は飲まないしタバコも吸わないっていうか年齢的にどちらもダメだし。父親は酒が弱いのに週に一度は飲んで泥酔するタイプで、タバコは一日一箱消費していたから、似たようなことをしたくないってのもあるよ。

 「オルタネーターが人間から服を買い与えられるなんて、聞いたことねぇなって」

 まだ気にしている。俺の服を買うのに、第三者として意見を聞きたいってのもあって連れ出した。けれども、一番の目的としては、ロクちゃんの服の購入だ。いつも体操着だからさ。今日も体操着で出て行こうとするから、俺のパーカーを上から着せた。

 「大天才が特別だからだよ」

 施設の外は、年中真夏の気候だ。例の『恐怖の大王』がひと暴れしてから、地球に四季がなくなったからだ。ぶっちゃけパーカーだと暑いだろうし、さっさと可愛いワンピースを買ってあげよう。

 「ほら」

 目的の駅に着き、電車を降りようとしたら右手を差し出されて「あたしがはぐれたらどうすんだよ」と付け加えられた。
 要は手をつなぎたいらしいので「はいはい」と応じる。

 「お買い物っ、お買い物っ」

 手をつなぐと、普段よりもロクちゃんの足取りが軽やかになった。オルタネーターに犬みたいな尻尾がついていたら、ぶんぶんと振っていそう。あいにくそんな付属品はついていない。つけたらつけたでまた服の形状を変えないといけないし。

 「何か食べたいものある?」
 「アニー先輩のところのウナギ」
 「マジで?」
 「食べたいと言えば食べたいけどよぉ。オルタネーターがウナギみたいな贅沢品を食べたら、なんて言われるかわかんねぇな……」
 「気付かれないでしょ。Xanaduに帰ったら、お腹を捌いて確認されるわけじゃあないんだし」

 人間とオルタネーターで男女二人組という組み合わせであり、まるで恋人のように手を繋いで歩いている姿は、市井の人々からすると奇妙に映るらしい。ひいちゃんの時みたいに、仲良し兄妹みたいには思われないもんだな。ジロジロと見られる。その辺が、この世界での差別っていうかさ。人間は人間で集まって、オルタネーターはオルタネーターで固まって行動しているようだった。目には見えないけれど、確実に線引きされている。人間とオルタネーター、見た目だけではわからないんだけどな。

 「じゃ、じゃあ、ウナギ! ウナギ!」
 「ウナギ屋に入れるような、ウナギ屋にふさわしいお洋服を買いましょうね」

 百貨店の裏側にはオルタネーター専用の出入り口があり、これから業務に向かうであろうオルタネーターが一体入っていくと、上下左右から消毒液が噴射されていた。オルタネーターは人間ではないので、数え方は人ではなく体を用いるのが一般的だ。俺はどちらでもいいと思う。

 次のオルタネーターが入っていき、同じように消毒液まみれにされているのを眺めていたらロクちゃんに「そんな珍しいもんでもないだろ」とイラつかれてしまった。俺との買い物を楽しみにしていたのに、目的地の目の前にして俺が立ち止まっているからさ。

 「俺もこっちから入ろうかなって」
 「止めはしねぇよ」

 人類の滅亡の危機はオルタネーター計画により、回避された。と言い切ってしまってもいい。事実、人口はV字回復し、オルタネーターによりありとあらゆる――荒れた国土を復興し、国家間の争いに至るまで――問題は解決している。代わりに、人間とオルタネーターとの差別が発生している、ような。まあ、人間にとってのオルタネーターは道具であって、同じ生命として法的にも認められていない。人間同士の醜い戦いが起こるよりは、不平不満の捌け口としての奴隷階級(オルタネーター)が存在していたほうが、幾分、平和的なのではないか。

 そう思ってしまう。
 本当にそうだろうか。

 オルタネーターたちは、それで幸せなの?

 「いらっしゃいませ」

 従業員のオルタネーターたちは事務的に、一組の客として俺たちを処理した。

 オルタネーターに洋服を買い与えるなんてとんでもない、と通りすがりの人間が視線で諌めてくる。というか、人間の方々はどうやって人間とオルタネーターとを見分けているのだろう。オルタネーター専用の服を用意しないとわからないぐらいに人間とオルタネーターとでは差がないのにな。

 五代さんはお忙しそうだから他の研究員に訊ねたら「臭いで分かりませんか」と怪訝な顔をされてしまったのを思い出す。俺の鼻がおかしい可能性はある。医者に見てもらったほうがいいかな。ロクちゃんの体臭を嗅ごうとしたらとんでもなく嫌がられたので、どこがどう違うのかは具体的にはわからない。におい以外の手段で人間とオルタネーターとを、――うーん、ここまで俺たちが奇異の目で見られてきた理由がわからない。大学生と女の子が二人で歩いているだけなのに。

 「買い物、楽しいな!」

 ロクちゃんはひいちゃんに似て可愛いので、何を着ても可愛いから「いいんじゃないですか」と返していた。結果として、あれもこれもと買わされることになった。まあ、他に使い道がないからいいか。ウナギもおいしかった。
 三ヶ月ぶんの給料が一日で吹き飛んだから驚く。帰る頃には日も暮れていた。厳格な門限はないとはいえはしゃぎすぎな気はするけど、いいか。